新潟を抜けて、次は長野県の黒姫高原へ

冬はスキー場で、秋はコスモス畑桜

リフトのり、空中散歩なんでしょうが

リフト乗るのも躊躇するうちら悲しい

冬のスキーはいいんだけど、なんかね

しかも、外からコスモス畑みえるしコスモスコスモスコスモス



横のゲレンデを登り、脇から、コスモスとダリアを見て、それだけで満喫しましたウインク


で、最後に旦那さんからサプライズラブラブラブラブ

志賀高原のスキー場から草津に抜ける道路の途中の横手山ドライブイン🛣️から

息を呑むほどの絶景がパンダ

雲海が雲雲雲

しばらく見惚れてしまいました音符音符

夕焼けの赤と雲海のコントラストが素晴らしい



今回の旅行は、台風を心配しましたが、

臨機応変に予定変更して、最後の絶景まで見られて良かったですてへぺろ

しばらく旅行はお預けかなショボーン



翌日は快晴でしたうずまき

まず、最初に上杉謙信の居城した春日山城跡へ。

まずは、この階段を登り春日山神社へ



御朱印をもらい、次に本丸跡を目指して山登り

結構きついスター

着いたら絶景が。日本海まで見えましたよ星



そして、妙高へと向かいます。

まずはイモリ池へ🦎

昔イモリが沢山生息していたから、名付けられたようラブラブ

本来なら池に妙高山が映るらしいが

曇っていて、映らず雷



池を一周してビジターセンターへ

そして次は苗名滝へ!!

日本の滝100選に選ばれているだけあって

観光客も結構いましたグリーンハート

最近、こういう観光地に若者沢山いるんですよね



歩いて15分とは知っていたのですが

ほぼ山道ニコニコ




先に行けばさらに近くに滝を感じられるかと思い

さらに獣道へグラサンハート

横幅は狭いし、崖だし下差し

めちゃくちゃ怖くて滝どころじゃないガーン

なんかあったら、親が責められるのは無理ないなあと、思いつつえーん

次は、長野へと向かいます


台風接近から逃げるように、シルバーウィークは新潟方面に旅行へ

新潟へは、元々計画していたため、

雨でも行く事にしましたよラブラブ

予定を変更して、初日は水族館館へスター

途中道の駅で蟹汁の看板あったので行ってみたら、あと15分で蟹が運ばれてくれと言われて

待ちました!!

そして、ベニズワイガニを堪能ナイフとフォーク



磯の匂いも残り波

新鮮で美味しくて、新米おにぎりも買い

昼から贅沢でしたニコニコ

次にホテルに寄りチケットをもらい

水族館へ

最後のドルフィンショーになんとか間に合って

水しぶきを浴びて大興奮イルカイルカイルカ

でも日本海が目の前うお座うお座

続いているみたい



リラックマとコラボしていて、娘がスタンプラリーしたいといいだして、台紙を買うためにまた、受付に戻り、リラックマのスタンプ5個押して

キーホルダーをゲットUMAくん

そして閉館15分前にまた、最初から水族館を見学

人もいなくて、ゆっくり魚を鑑賞できて

結果的に良かった花束

夜はビジネスホテルで夕飯なしだったので

近くの個室居酒屋へ日本酒

めちゃくちゃテンション⤴️

大雨だったけど明日は晴れる事を祈って寝ました

先週は、羽田空港と都庁に行ってきました。

羽田空港は、旦那さんの仕事を見に?

で、通路にストリートピアノがあったので

娘はついに、

ベルガマスク組曲全曲を弾きました。ルンルンルンルンルンルン

ついにこの日がくるとは

感慨深いですねイエローハート

それから展望台へ行き飛行機をみて、飛行機

次は東京都庁の45階展望台へ🗼

もちろん、お目当てはストリートピアノスター

時間が決まっていたので、夕飯食べて出直して、行ってみると、すでに行列が笑

多くの外人さんのオーディエンスにかこまれ

またベルガマスクのプレリュードとメヌエットを披露音符

温かい拍手もらえました流れ星

しかも、行って初めて知ったのですがピアノの装飾を監修したのは、先日亡くなられた前衛芸術家の草間彌生さん!!!!

全く知らなかった。



何か天国の草間さんが呼んでくれたのかなあピンクハート

そして、最後は都庁に映しだす

プロジェクションマッピング電球

時間ごとに、映しだすものが違うようで

たまたま、ポケモンをやっていました足

もちろん、沢山の方がみていました。



ポケモン終わったら、拍手がキラキラキラキラ

外人さんにも人気ありますもんねグッ


伝承館を後にし、松島に向かいました車

やはり、観光地ということもあり、若者がたくさん。雨は、止んでいて、遊覧船に乗船しました波

波が結構あり、揺れていましたが、花火

沢山の島を間近に見られて楽しめました地球



そして、国宝瑞厳寺へ!!

このお寺は天台宗円福寺がその前身であると伝わっており、東北一帯を支配していた奥州藤原氏もこの寺を保護していたようですうずまき

関ヶ原の戦い以後伊達政宗は、衰退していた円福寺を復興させました。伊達政宗も、奥州藤原氏のように、この松島で自分の菩提寺とすることで、浄土への往生を願ったのでしょう。

中は国宝だらけでしたイエローハーツ

庭は写真を撮る事ができました流れ星



拝観したあとは、食べ歩きシャンパン

松島と言えば、牡蠣が有名ですねペロペロキャンディー

牡蠣フライタコスに、牡蠣カレーパンピザパン

さらに、自分達で笹かまを焼いて食べたりおでん左



そして旅のラストは

松島の全景が見える西行戻しの松公園へ

松島湾を箱庭のように望める絶景スポットです

上から見ると、また違いますね音符

観光パンフレットなどで紹介されるのは、

この公園内にある白衣観音展望台から撮影されたものが多いとかもやもや

天気は良くなかったので、絶景とは言い難く残念でしたがスター

日本三景の一つであるのに頷けます!!!!



また、芭蕉も同じ風景みていたのかと思うと

昔も今も、良いものは変わらずに心に沁みるものですねキューン飛び出すハート

あの有名な句は芭蕉が詠んではいないとわれていますが、絶景すぎて、詠めなかったとも言われていますが。

本当のところはどうなのでしょうか。



翌日は、青森駅近くにある、ねぶたの家

ワ、ラッセに行きました。オープンに合わせて行ったら、すでに駐車場渋滞

みんな、朝早いよねてへぺろ

ここには、毎年ねぶた祭り本番に実際に

出陣した大型ねぶたが沢山展示されておりました。おばけ



中も見る事ができ、さらに、パーツも展示されており、触る事もできました。

ねぶた製作者のプロフィールなど、

ざ、職人芸が、光ります。

下絵もめちゃくちゃうまいハートのバルーン

やはり、この下絵から、実際に作り上げていくので、肝心ですよねまじかるクラウン

さらに、この日はリニューアル初日でテレビ局も来てました。

イベント会場では、ねぶたお囃子演奏をしてくれ、多いに盛り上がりました音符音符



そして、青森をあとにしました。

車の

移動中ずっと雨雨あめあめ

三陸海岸を見ながらひたすら宮城に向かいました

今夜の宿は宮城の気仙沼大島でした。

島に渡る新しい橋です流れ星



翌日は、気仙沼東日本大震災遺構・伝承館に行きました波

ここは、気仙沼向洋高等学校旧校舎を震災遺構として、地震と津波の爪痕をそのまま残している施設ですふんわり風船星



まずは、当時の津波の様子をスクリーンでみました。そして、中学生の語り部の女の子が丁寧に

校舎内や外で説明してくれましたひらめき

車も流れてきたそのままになっております悲しい





当時この学校の生徒、先生1人も死者を出さなかったようですびっくりマークびっくりマーク

日頃から、先生たちの津波に対する防災意識が高く、あの日も、屋上では🌊がくるかもと!先生達の危機意識が、もっと高台の中学に生徒全員避難

させたようです。まさに、備えあれば憂えなしですね。

しかし、語り部ちゃんは、この震災以降に生まれたようですにっこりだから、津波の恐ろしさを実際には、経験していない驚き



戦争もそうですが、絶対に、こう行った事は風化させてはいけませんびっくりマークびっくりマーク

戦争も津波も知らない、これからの人に日本の行く末はかかっているのです歩く

2度と悲しい思いをしないように泣

今日は防災の日、昨今の自然災害には、あまりに人間は無力であるか思わずにいられません大泣き


2日目は、青森に移動です。

朝から天気はあまり、よくないえーん

まずは、十和田湖展望台へ波



十和田湖って何で有名になったのかなてんとうむし

そして、2回目の奥入瀬渓流へ花火

道路沿いに渓流があるのですが、車を止めて歩くと別世界。マイナスイオンたっぷりクローバー

まずは、

銚子大滝びっくりマーク

この滝は奥入瀬を遡上して、十和田湖に入ろうとする魚を阻止する魚止めの滝とも呼ばれており、

十和田湖には魚が棲めないといわれてきました




よく、ポスターで目にする阿修羅の流れ太陽




奥入瀬渓流館ができていて、そこでアップルパイやら、ケーキを堪能🍰🍎

お腹空いていたのもあり、🍎に恋しそう❤️


そして霧の八甲田山を山越え

運転がめちゃくちゃ怖かったバイキンくん

そして、八甲田山遭難記念館に立ち寄り

最後は青森市内にある山内丸山遺跡へ乙女のトキメキ

今回の旅行で、私が1番楽しみにしていたハートのバルーン

まず、人が沢山いるのにびっくりコインたち

さらに、立派な建物目

やはり世界遺産効果でしょうか?

娘は縄文時代の服に着替えて、遺跡を見ます。

広くて、風も適度にあり、環境は素晴らしい!!

だから、この辺に縄文時代の人は沢山住んでいたの!?!?

目を引く大型掘立柱建物の復元です音符音符

これは、見張りや儀式の時に使われていたよう



竪穴建物の集落ですスター




縄文時代にタイムスリップしたような!!

今も発掘調査は、行われているようで

今後何が発見されるのか楽しみですねブルーハート

また、館内にある博物館も立派ふんわりリボン



時間が足りないぐらいでした泣き笑い




今年の旅行も昨年に引き続き東北へ行ってきました口笛


まず、土曜日に車中泊。昨年同様眠れずガーン

しかし、昨年と違うのは涼しいのと

車中泊している車の多いいことびっくり

びっくりびっくりマークほとんど寝れないなか、ブラームスバイオリンソナタ音譜を聞きながら、時報を何度もきいて、寝たんだから寝てないのか

そうしているうち6時になり手作りおにぎり🍙ともろもろのおかずをたらふく食べました!

おわり次第にいざ厳美渓へアップ

ここ人がいないと思っていたけど、行ってみたらびっくりビックリマークまだ9時なのに沢山人がいました

みなさんのお目当ては空飛ぶ団子ですチョキ

これ、20年前もやっていたようなポーン


こんなに並んでいるとは。30分以上は待ったね

でも、団子はおいしかったお団子うまい商売考えたものですびっくりマーク


そして次に毛越寺へ。ここも行ったことあるんですが、庭が素晴らしいにつきます。

これだけの庭をキープするに、どれだけの人や物が投入されているのでしょうかね。



お婆様が、朝から短い草を刈ってましたよクローバー

次に今日のメインである中尊寺へ。

参道はかなりの傾斜でした。

こんなにきつかった??

途中お土産屋や茶屋も沢山あり、こんなにあったけ?!?

中尊寺入り口で御朱印もらって、中に入ったらお仏像さんが鎮座しているし。



そして、金色堂へ。普通に入れると思っていたら甘かった。

まず、発券売り場も新しくなっているし。しかも人も多いい。チケットを買うためだけにこんなに並ぶとは。前に来た時は確か、世界遺産に登録される前花火

金色堂は、三回目ぽってりフラワー

相変わらずの金の輝き✨まじかるクラウン


藤原一族がいかに栄華であったか乙女のトキメキ乙女のトキメキ乙女のトキメキ

最後は宮沢賢治記念館へハリネズミ

宮沢賢治は、作家?だけにとどまらず

農業に宇宙に芸術に

ありとあらゆる分野に長けていた人なんですよね

賢治ワールドを満喫できグリーンハート

ご両親も立派なかた。短い命が悔やまれるのですが

もっと長生きしていたら、どんだけだったのかなあともやもや

しかし、旅の疲れか、記念館にあったパソコンのトロイメライを聞きながらうとうとルンルンルンルン

1日目はかなりハードでした。気温以上に蒸していました晴れ





また夏休企画として、サントリーホールに行ってきました。

これで、サントリーホール三回目の大ホールてへぺろ

巨匠ワディム・レーピンの奏でるバイオリンソナタ音譜音譜音譜

フランクのバイオリンソナタは生で静岡で聞いたことあったのですが、他は初でした。ドビュッシーなんて、ピアノのイメージが強すぎてバイオリンソナタも素敵でしたひらめき電球

アンコールも良かったですアップ

前に、フランクバイオリンソナタ練習していたけど、音程がなかなかはまらず大変でした。

そして、伴奏がまた難しそう。バイオリンより難しそう。もちろんピアノも上手でしたラブラブ

そして、終わってから東京タワーへ向かいました叫び

地図ではすぐに行けそうでしたがなんせ蒸し暑いし。夜だし、暗いしで時間かかったけど

夜景を見るためだから仕方ないのだけど。

生憎一番上のデッキには行けなかったけど、十分に🌃は楽しめました合格



数十年前とはずいぶん雰囲気が変わっており、外人だらけ。また、娘はお土産を買っていました

こんなお土産ショップが充実するようになったのも、インバウンド向け。

なんだかなはてなマークと思いながらタワーを後にしました。

 

 

次に行ったのが、荻野吟子記念館でした。

昔、埼玉郷土カルタの中で荻野吟子さんを知っていましたが、その生涯は知らずショボーン

そして、行ったらまた誰もいないけど、記帳には5名ぐら書かれていて口笛

そしてガイドのおじさんが詳しく説明してくれましたびっくり

荻野吟子さんは早くに結婚したようですが、そのなかで、婦人科治療で医者にかかることがあり、その時に男性医師しかいなくてとても恥ずかしい思いをしたようで、自分が女性医師を目指すことにしたようですびっくりマーク

まずは、現在のお茶の水女子大を卒業し、そこから医者の学校である好寿院に入り、優秀な成績で卒業しましたおねがい

しかし、卒業したものの、その当時は女性に医術開業試験が認められていませんでした。

医師への道を閉ざされていた吟子を救ったのは

「令義解」という平安時代の法律の解説書でした。その多くは散逸していましたが、塙保己一さんがこの書の復元を試み、和学講談所にて10巻刊行をしていました。

その中で、「医疾令」という法律が収められており、女医に関する規定が記載されており、

それには「日本にも女性医師がいた」という記述がなされていました。

これを吟子が主張して、ついに日本最初の公認女性医師となることができましたw

すでに35歳。

 

ここで時を超えて、塙氏と荻野氏がつながったのです。もし、塙さんがこれを刊行してくれていなかったら吟子さんは医師になれてなかったかもしれませんびっくりマークびっくりマーク

まさに、縁は異なもの味なものですねキューン。

しかも同じ埼玉という。


埼玉が誇れる偉人となるのも納得しますよね。

そして、吟子さんは湯島に医員を開業して、

40歳で北海道に再婚して、行ってしまうので、そのあとの詳細はあまりしられていなかったのですが北海道でも医院を開業して、後に夫がなくなり、また東京に戻ってきたようです。

北海道で医師であった、渡辺淳一さんが、吟子さんの養子であったトミさんから話を聞いて、

まとめた本があり、一躍荻野さんのことが知れ渡ったこともありますアップ

これも縁ですねひらめき電球

それにしても35歳で女性初の公認医師となり、その後も女性の地位向上に一石を投じた吟子さんは女性の誇りですよねラブラブ

今では女性医師は当たり前のようにいますが、こういった人達のおかげで今があるということを。そして

その当時は男尊女卑が当たり前の世の中で、立ち向かっていた吟子さんの強さに惹かれます。

保己一さんも吟子さんも、幼い頃から優秀だったようですが、それプラス自分の好きなこと、やりたいことを貫いたこと

未来ある娘に少しでも思いが届いたでしょうか?

何事もまず、思わなきゃ始まりませんね。これは子供だけでなく、大人もしかり煽り

まさに表題で「医師ではなく意志あるところに道は開ける」ですね