――とても、とても幸せな日々が 終わりを告げようとしていた――



今日も僕は眠りから覚める。

目を開けると薄暗い部屋の天井が映った。


時計を見ると時間はちょうど3時。・・・午後の。

外と部屋を隔てる窓には光を遮断するカーテンが揺れる。


ケータイを見ると数件のメールと1件の着信。

メールは友達から送られたものと

出会いを推奨する迷惑メールだ。

電話は・・・かけなおさなくても問題ないだろう。


のろのろと起き上がり

乾いた喉を潤すため、床に転がるペットボトルに手を伸ばす。

起きたばかりで背中が痛い。


昨日の事を思い出す。


家に帰ってきたのは朝7時過ぎ。・・・昨日、でもないのか。

それまで居酒屋で友達と飲み、次いでカラオケ、友人宅・・・と

転々としながら夜の街を渡っていた。

最初10人くらいだったが僕が帰る頃は3~4人になっていた。



飲んで騒いで歌って語って笑って笑って笑って。

楽しくて嬉しくて幸せ。

僕はみんなのことが大好きだ。


なぜ改めてそう思ったか、というと

来月すぐに僕はこの地を去るから。

めったに会える距離じゃないだろう。

送られる側になるのなんて初めてだ。


本当は離れたくなんかない。

できることならずっと、ずっとみんなの許で暮らしたい。


でも、もう決まってしまった事実。

いくら僕が願ったところで変わることはない。



薄暗かった部屋の暗さが増した。

もう、日も落ちかかっているのだろう。


なんだかやる気も出ず、

カーテンを開けないまま机の上の蛍光灯を点ける。


まぶしい。


吸殻でいっぱいの灰皿を眺め、

お腹がすいたことに気づく。


何か食べようと、とりあえず卵を出し

――割れた。


手から卵が落ちるのと同時に

床に水滴が落ちる。次々と


1度溢れ出した涙はもう、止まらない。

ガラにも無く、声を出して泣いた。


どうか、どうかこれ以上時間を進めないで――。

今日のままでいい、だから時間を止めて。




どのくらい経っただろう。


止まれと願ったのにも関わらず

外は暗くなっていた。

カーテンの隙間から

遠くに光る街の灯りを覗いた。

にじんで変にきらきらして見える。


ふと、時計を見る。

3時45分・・・。


そんな訳がない。


おいおい、

確かに願ったけどそれはないだろ。

あんただけ止まってどうする。

電池あったけなー。


机の引き出しを開け、手が止まる。

枯れて、もう無いはずの涙が出る。

さっきお茶飲んでて良かったな、と

馬鹿げた感想が過ぎった。


僕に気づかせてくれてありがとう。

そう、僕が願い、ときが止まっても、置き去りにされるだけ。

周りの時間はどんどん、どんどん進んでいく。


たとえ全てのときを止めても

きっと僕が虚しいだけだ。

そしてやっぱり、置き去りにされる。


止まる事を願うより

この僕の想いが消えないことを願えばいいんだ。

いつまでも忘れないように、

そしてみんなの中にほんのちょっとでいいから

残るように。



――終わりではなく、ここからまた始まる――



辛い事があってもきっと糧となってくれるだろう

久々に会うことができたら何倍も新鮮で嬉しいこととなるだろう


恐れないで前に進もう、そう思った。

 「一緒に海に行こうね!」


   きみと約束をした。




窓から外を覗くと青い空が広がり

夏特有のはっきりとした雲がうかんでいる。


僕はベッドの上できみとの約束を思い出す。


2、3ヶ月前という長くも短くもない過去に

僕達は約束し、計画を立てていた。


その計画通りであれば、

泳ぎ、遊び、黒くなって、今頃ひりひり痛む肌を眺め

想いにひたり顔がにやけていただろう。


コンコン、と ノックが聞こえた。

はい、と返事をするより先に

誰かが入ってきた。


きれいな小麦色の肌でまぶしいほどの笑顔をしている。


きみは僕に近づきながら挨拶をした。

ぼくも返す。


「だいぶ焼けたでしょ?」

楽しそうに言う。


ごそごそと袋をならしたかと思ったら

中から1つ、瓶を取り出し


「はい、お土産」。


渡された瓶をのぞくと

4分の1ほど砂が入り

片割れの平たい貝が1つ、

ヤドカリみたいな形の貝が1つ、

元の形がよくわからないやつが1つ

そして海の風が入っていた。


ふたを開けると海独特の匂いがした。


しばらく話したあと

それじゃあ私はこれで、

と言ってきみは出入り口へ向かった。

同室の人たちには

お大事に。といって。


玄関まで送った。

最後に「早くよくなってよね」と言って

バスに乗った。





あれから7年。

部屋の片隅には今も海の瓶が置いてある。


携帯電話を取る。

開こうとした瞬間電話が鳴った。


「もしもし。」

「おはよっ!」

「どうした?」

「ねぇねぇ、あのさ」

「?」


「海行こうよ!」







.


 「こんにちは!はじめまして☆」

 

 「こん☆」



君に出逢った。

顔も名前も声も分からない、君に。


数分会話して分かったことは

性別が違うこと

年齢が近いこと

たばこを吸うこと

そして

僕と君はだいぶ離れた場所に住んでいる、

ということだ。


あと、もうひとつ。

気が合うってところか。


君は明るかった。

文面でしか判断できないけれど

そう確信した。



―もう’1人’、増えた。



会話が盛り上がる。


今日、この時間、この瞬間の

偶然のであい。


仲が深まっていくにつれ

話の内容も深くなる―――





君は悩んでいた。





明るいと思ったのは半分間違っていた。

そうやって自分で頑張っていたんだね。


  ごめん。


何もいえなくなった。

’実は僕も・・・・’

この一言が言い出せずに。



分かり合えると思った。

僕一人じゃないと、

僕は知ったのに君は知らない。


いつのまにか

君は追い詰められていたね。

僕が黙っていたちょっとの時間で。


君をかばってあげたかった。

守ってあげたかった。


気づいてもらいたかった。

僕がいることを――


でももう遅かった。


’1人’に追い込まれた君は

僕のとこをも敵だとみなし


 「他人の気持ちなんてわかるわけないよね?

 ・・・今日はありがとう、楽しかったよ」


そう残して去った。


もう2度と逢うことはないだろう。


もしもまた偶然があるならば

僕じゃなくてもいいから

誰か、教えてあげて。


君は1人じゃない。


って。

もしも。


もしも空を飛べる翼をくれるなら

僕のこの腕をさしだすだろう。


もしも深い深い海を泳げる尾をくれるなら

僕のこの足を差し出すだろう。


もしも美しい音色の元へ置いてくれるなら

僕のこの目を差し出すだろう。


もしも美しい景色の元へ置いてくれるなら

僕のこの耳を差し出すだろう。


もしも君が歌ってくれるなら

僕のこの声を差し出すだろう。

もしも君が僕を想ってくれるなら

僕の君以外に対する想いを差し出すだろう。



もしもあなたに逢えるなら・・・

車の後部座席。


運転席と助手席の会話をうっすら聞きながら

ぼんやり窓の外を覗く。


目に映る景色は

ほとんどが黒一色で

窓の真ん中にきらきらと街灯りが

遠く、光る。


窓に額を、

目線は空へ。


小さく輝くものを見つける。


飛行機じゃない・・・


星だ。


1つ見つけたら次々に見えてきた。

気がつくと満天の星空。


天気は快晴、雲1つない。


―――きれい。


車がカーブするたび

見える星空が変わる。




車を降りて夜道を歩く。

天上の空を仰ぐ。


でも足は止めない。

立ち止まってはいけない気がして。


辺りは静まり返り

今にも星の輝く音が聞こえてきそうだ。


あまりにも切なく

あまりにも儚なく

あまりにも綺麗で・・・


私から溢れ出たものは

言葉ではなく


涙だった。