ベッドでゴロゴロ -8ページ目
枕をプレゼントするのはごくごく親しい間柄にきまっていて、枕を贈呈する話はそんなにないと思うが『太平記』にこんな話がある。

高師直といえば南北朝時代の武将で足利尊氏の執事として仕えたが、なかなかのプレイボーイで夜な夜な公卿たちの子女のもとに通ったすおだ。

あるとき、塩冶師直高貞の妻が類まれなる美人だと聞いて、なんとか自分のものにしたいと思いたったら、もうたまらない。

侍従の女房になんとか取りもってほしいと頼みこみ、小袖十重と沈の枕を進上するから今すぐ色よい返事をもらってこいと急がせる。

小袖十重でもたいしたものだが、沈の香木で作った沈香枕を添えて大奮発したのだ。

ところが待っても待っても返事がこない。

三日目にしびれを切らした師直、さらに酒肴を贈って矢の催促。

しかし使者の侍従は、どうもいけません、あの方だけは私の力におよびません、もうお諦めくださいといってきた。

諦めよといわれて業を煮やした師直は、おれは足利幕府の執事を18年も勤める最高権威者、おれのいうことを聞け源女なんてあろうはずはないと、頭にきたが、まてよそれなら手を変えて艶書を送ろうと筆を執る。

師直は当時の武将としては教養があり、和歌も優れていている。

しかし、ちょっと考えて、おれより能書家で当時並びがないとされる吉田兼好にラブレターの代作をさせよう、その方が確率が高いと、使者を走らせ、かくかくしかじかだから一筆書いてくれ。

こりゃまた大層なご依頼ですなあと、兼好さん、表が黄で裏がすむう蘇芳色という紅葉重ねの最高の用紙に艶筆を走らせ、さらにこれに香を焚きしめて高貞の妻のもとへ使者を送った。

ところがせっかくのラブレター、使者は持ち帰ったのである。

どうして渡さなかったのか、それとも兼好法師の文章がまずかったのかと、師直は大変なご立腹。

使者は情けない顔をして、たしかにお手渡ししましたが、中も見ずに庭先にポイと捨ててしまわれました。

人に拾われては困りますし、仕方なく持ち帰りました次第です。

それならもう一度と再度ラブレターを届けさせると、今度は『古今集』の古歌を引いて肘鉄をくらわされた。

このエピソードは歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」の序、鶴岡八幡宮兜改めの場にも使われてよく知られている。