
娘家族が近所からいなくなって、1年が経った。いたときは、いたときで孫の世話や、大人になりきれていない娘の相手で大変ではあったが、いざいなくなると、心にポカっと穴が空いてしまったように何かが足りない気持ちでこの1年間を過ごしてきた。たまに頭に浮かぶのは、娘や孫のことばかりで、「今ごろ何をやっているかな」から始まり、「困ってないかな」、「体調を崩してないかな」とか、「ご飯ちゃんと食べてるかな」や「お金足りてるかな」といった心配ばかり。
たまにラインをしても「大丈夫と言ってるけど、きっと強がりだろう」とか「本当は、言いたいことを言えないでいるのだろう」などと、妄想もすごい。あんなに苦労をかけさせられて大変だったのに、最近では娘たちのことが心の片隅に常に引っかかる感覚がある。ある意味、依存症。そう、苦労依存症。最悪の症状だ。そんな自分の心を健全にするために何かをせねばと思っているこの頃だ。
そんな中、夏の暑さがようやく和らぎ始め、週末は外出する気にもなってきた。さすがに身体を壊す前のようにガシガシと山歩きはできなくなったけど、それでもこれまで自然に触れ合うことが多かった自分、緑を見たくなってたまらなくなることがある。身体が緑を欲しているのだ。まるで前世の記憶がそう思わせているかのように、とにかく緑が見たいのだ(これは、これで依存症か)。
とはいっても、今できることは、せいぜい近所の自然公園に行く程度。今はそれでいい。先行きの目標はいろいろあるけれど、いつかまた、大自然の中に身を委ねることもそのひとつ。まずは、身近な課題から順番にクリアしていき、そして自分でも歩ける山を歩いて緑のシャワーを思う存分浴びたい。やっぱり依存症だ...。

