ローマへ向かう機上で、初めての欧州の旅の事を思い出していた...。
1995年、大学を休学して中国への1年間の留学を終え、復学して2,3日目に大事故を起こしてしまい、顔面だけで7箇所も骨折し、前歯や鼻も折れ、真っ黒に晴れ上がった顔を見た時は死にたいと思った。そんな顔にも関わらず、2日に1度松戸から横浜にお見舞いに来てくれた彼女のフランスの実家でクリスマスとニューイヤーを過ごそうと元気付けてくれた。学費と生活費を稼いでいた仕事も出来ず、病院のベッドで過ごす身には欧州への旅費のめどが立たなかったが、クリスマス前に和の小物を売る事で稼ごうという希望を持たせてくれた。退院後、東京の問屋街で、欧州人の好きそうな小物を大量に仕入れ、飛行機へ乗り込んだ。
中古の着物を纏い、歌舞伎のメイクで決めてパリの高級街の路上で空手のパフォーマンス。人だかりの中、一風変わったクリスマスプレゼントを求める人々に大うけで飛ぶように売れた。警察が来るとニコニコ顔で「すみませーん、知りませんでしたーー」と謝って逃げ、地下道や公園などでゲリラ的に売りまくった。お陰で、3日ほどで目標の30万を売り上げ、あとは遊んで暮らせた。当時パリでは、レイブが流行っており、週末指定された場所に行くと、そこで1日のみのクラブ会場を教えてくれる。時にはそこから1時間以上車で走った田舎の大きな納屋が会場だったり、工場跡やいろんな所で飲んで踊って一晩を明かすもので、新しい刺激を求めてレイブに通った。
年末年始の1ヶ月以上をパリ近郊の彼女の実家の村で過ごし、そろそろフランスに飽きた事もあって、欧州を一人で回る計画を実行した。当時ダリやガウディの作品に興味が強かったので、関連施設を廻り、その後ローマに辿り着いた。観光客の居なくなった23時頃、裏路地で目つきの悪い10代後半の不良少年たちに囲まれた。体力には自信があったが、5-6人相手には出来ないかなぁ...と考えていた時、後ろからリーダー風の男がやってきて、足の指からゆっくりと体全身を見定められて最後に目を合わせて片言の英語で一言、「折れは知っている、日本の忍者は強い...、良い旅しろよ」と言うような事を言うと皆を連れて行った。パフォーマンスに使った地下足袋がこんな所で役に立つとは思わなかった。多分、忍者が10人位の兵を一瞬で倒す映画か何かを見たのだろう。以降、人通りの少ない様な道など危険な香りやピンと張った緊張感を感じるエリアは直ぐに分かるようになり、なるべく近寄らないようにした。
パリに帰る前に、フランス人を唸らせる様なワインをソムリエに選んで貰った。色々悩んだ末、1本を奥から持ってきてくれた。無事に帰ってきた祝いに皆を集めて食事会が開かれた。「トミーが皆にワインを買ってきた」と彼女が言うと、「イタリアのワインは若いから...」とか「軽くて飲めないよ...」と皆が口々にいいながら、注がれたワインを一口口に含んだ。そして、沈黙が走った。彼女がクスクス笑い出した。「みんな美味しいと何も言えないのね!」すると、「これは、いける口だ」とかなんとか言っている。ワインの微妙な味は全然判らないが、皆に認められた瞬間だった。ありがとうイタリアのソムリエさん。
その後フランスで休養し、友人の住むオーストリアやスイスに寄って、高山で暮らす優雅さと大変さを感じ、初めての欧州旅は生きる喜びと苦しみを感じさせてくれた。
20回近く欧州への飛行機に乗ったが、前回の機内で大人が何度も絶叫し、死を覚悟したフライトに続いて、2番目に色々と考えさせられた空の旅だった。
1995年、大学を休学して中国への1年間の留学を終え、復学して2,3日目に大事故を起こしてしまい、顔面だけで7箇所も骨折し、前歯や鼻も折れ、真っ黒に晴れ上がった顔を見た時は死にたいと思った。そんな顔にも関わらず、2日に1度松戸から横浜にお見舞いに来てくれた彼女のフランスの実家でクリスマスとニューイヤーを過ごそうと元気付けてくれた。学費と生活費を稼いでいた仕事も出来ず、病院のベッドで過ごす身には欧州への旅費のめどが立たなかったが、クリスマス前に和の小物を売る事で稼ごうという希望を持たせてくれた。退院後、東京の問屋街で、欧州人の好きそうな小物を大量に仕入れ、飛行機へ乗り込んだ。
中古の着物を纏い、歌舞伎のメイクで決めてパリの高級街の路上で空手のパフォーマンス。人だかりの中、一風変わったクリスマスプレゼントを求める人々に大うけで飛ぶように売れた。警察が来るとニコニコ顔で「すみませーん、知りませんでしたーー」と謝って逃げ、地下道や公園などでゲリラ的に売りまくった。お陰で、3日ほどで目標の30万を売り上げ、あとは遊んで暮らせた。当時パリでは、レイブが流行っており、週末指定された場所に行くと、そこで1日のみのクラブ会場を教えてくれる。時にはそこから1時間以上車で走った田舎の大きな納屋が会場だったり、工場跡やいろんな所で飲んで踊って一晩を明かすもので、新しい刺激を求めてレイブに通った。
年末年始の1ヶ月以上をパリ近郊の彼女の実家の村で過ごし、そろそろフランスに飽きた事もあって、欧州を一人で回る計画を実行した。当時ダリやガウディの作品に興味が強かったので、関連施設を廻り、その後ローマに辿り着いた。観光客の居なくなった23時頃、裏路地で目つきの悪い10代後半の不良少年たちに囲まれた。体力には自信があったが、5-6人相手には出来ないかなぁ...と考えていた時、後ろからリーダー風の男がやってきて、足の指からゆっくりと体全身を見定められて最後に目を合わせて片言の英語で一言、「折れは知っている、日本の忍者は強い...、良い旅しろよ」と言うような事を言うと皆を連れて行った。パフォーマンスに使った地下足袋がこんな所で役に立つとは思わなかった。多分、忍者が10人位の兵を一瞬で倒す映画か何かを見たのだろう。以降、人通りの少ない様な道など危険な香りやピンと張った緊張感を感じるエリアは直ぐに分かるようになり、なるべく近寄らないようにした。
パリに帰る前に、フランス人を唸らせる様なワインをソムリエに選んで貰った。色々悩んだ末、1本を奥から持ってきてくれた。無事に帰ってきた祝いに皆を集めて食事会が開かれた。「トミーが皆にワインを買ってきた」と彼女が言うと、「イタリアのワインは若いから...」とか「軽くて飲めないよ...」と皆が口々にいいながら、注がれたワインを一口口に含んだ。そして、沈黙が走った。彼女がクスクス笑い出した。「みんな美味しいと何も言えないのね!」すると、「これは、いける口だ」とかなんとか言っている。ワインの微妙な味は全然判らないが、皆に認められた瞬間だった。ありがとうイタリアのソムリエさん。
その後フランスで休養し、友人の住むオーストリアやスイスに寄って、高山で暮らす優雅さと大変さを感じ、初めての欧州旅は生きる喜びと苦しみを感じさせてくれた。
20回近く欧州への飛行機に乗ったが、前回の機内で大人が何度も絶叫し、死を覚悟したフライトに続いて、2番目に色々と考えさせられた空の旅だった。