文学の旅・「壬生狂言を楽しむ」京都探訪 | のぼるの街歩きブログ

のぼるの街歩きブログ

中四国地方中心のイベント、ウォーキング、歴史めぐりを
中心にした記事を書きます。

NHK文化センター福山教室現地講座・文学の旅(4月30日)
「壬生狂言を楽しむ」探訪・京都

重要無形民俗文化財「壬生狂言」春の公開(4月29日~5月5日)に合わせて壬生寺(京都市中京区)を訪ね大念佛堂で壬生狂言「炮烙割り(ほうらくわり)」を観劇。その後、江戸時代の西の拠点「二条城・二の丸御殿」を見学する「文学の旅」

壬生寺へ行く途中で、新撰組ゆかりの宿所「八木邸」・「新撰組壬生屯所遺蹟」の外観見学。

八木邸前にある「新撰組屯所遺蹟」



 

 八木邸(新撰組屯所跡)入り口の外観
 京都守護職であった会津藩主松平容保が文久3年(1863年)3月
 14代将軍徳川家茂の上洛に当たり、京都の治安維持のため京都
 見回組の下部組織として新設したのが「浪士隊・新撰組」であった。
 その屯所(宿所)として八木家が依頼された。



 

 壬生寺表門

 律宗・壬生寺は991年僧侶・快賢によって創建された。
 鎌倉時代に円覚上人が仏の教えを分かりやすく説く方法として「大
 念佛会」の法要に一環として始めた「壬生狂言」や新撰組ゆかりの
 寺として知られている。本尊は「延命地蔵菩薩」


 

 壬生寺南門


 


  本堂
  
  昭和37年(1962年)の火災で本堂などは消失、現在の本堂は
  昭和45年(1970年)に再建されたもの。


 

 壬生狂言の受付待ちの行列です。
 受付開始は12時から・入場開始は12寺30分から・開演は13時
 からです。会場内は撮影禁止でした。

  
 
 狂言観劇後は境内を散策し、壬生塚を見学しました。


 中院
 洛陽三十三観音霊場二十八番札所
 壬生寺の塔頭(支院)



 


 水掛地蔵

 


 一夜天神


 


阿弥陀堂
阿弥陀堂を入った奥に「壬生塚」がある。


 




 
 
 壬生塚(新撰組の墓所)
  阿弥陀堂の奥にある池の中の島は「壬生塚」と呼ばれ新撰組関
  連の遺蹟がある。

  壬生塚の案内図



 


 昭和30年(1955年)歌手三橋美智也が歌った「ああ新撰組」の
 歌碑



 

写真右下は「龍神像」・写真右上の左側は新撰組勘定方「 河合耆三郎の墓」・右側は「近藤勇の遺髪塔」


 


 写真左側が新撰組屯所で暗殺された、芹沢鴨と平山五郎の墓
 写真右側が新撰組隊士7名の合祀墓


 


  近藤勇胸像
  
  近藤勇の胸像は俳優の故上田吉二郎が発起人となり昭和46年
  (1971年)に建立された。

 



 新撰組隊士慰霊塔


 

壬生寺の後は二条城へ行きます。

二条城
1603年(慶長8年)徳川家康が「京都御所の守護」・「上洛時の宿泊所」・「西日本の外様大名の掌握」を目的に造営された城郭。
徳川家康が大阪冬の陣・夏の陣の戦略軍議を開いたところであり、征夷大将軍に任じられたときの儀式が行われたところでもあります。
最後の将軍徳川慶喜が勝海舟と差向いで会談し、大政奉還をおこなったところでもあります。

  表門


 

二の丸御殿(国宝)
 二条城で一番の見どころです。内部は撮影禁止
 武家書院の代表的な建物、遠侍、式台、大広間、蘇鉄の間、黒書
 院、白書院の6棟が東南から西北にかけて雁行型にならんでいる。
 部屋数33  畳数800余りあります。


 


 
二の丸庭園(特別名勝)
 書院造庭園。小堀遠州の作と伝えられている。大広間、黒書院、行
 幸御殿の三方から見れるように工夫されている。


 
 
 
 


二条城本丸御殿表門


 

 築城400年記念展示・収蔵館
 二の丸御殿の複写とはめ替えた障壁画(原画)を収蔵し、展示する
 施設。二の丸御殿の障壁画を間近かで見れる。