谷瀬の吊橋と黒木御所跡 ~ 回想・吉野郡十津川村玉置紀行
日本一をほこる生活用吊橋の谷瀬の吊橋
。
今見ているこの場所の対岸に、「黒木御所跡」があります。
日本は一天に両帝を抱いた南北朝の動乱の時代。
元弘3年(1333)。
赤坂城を脱出し、高野山を経て十津川へ逃れた大塔宮護良親王を、豪族・竹原八郎が迎え入れます。
ここに仮宮殿を建ててかくまった場所と伝えられています。
天誅組が幕軍を迎え討とうとした場所でもありました。
※「黒木御所」とは、黒木(皮付きの丸木)で作られた粗末な仮宮で、戦時や政変時の行宮です。この名の御所は全国各地に点在します。
「うつくしき吉野~台風12号の受難から復興への祈り 」
「玉置神社と十津川村の歴史 」
【太平記「大塔宮熊野落ち」より】忠義の人 片岡八郎利一
今見ているこの場所の対岸に、「黒木御所跡」があります。
日本は一天に両帝を抱いた南北朝の動乱の時代。
元弘3年(1333)。
赤坂城を脱出し、高野山を経て十津川へ逃れた大塔宮護良親王を、豪族・竹原八郎が迎え入れます。
ここに仮宮殿を建ててかくまった場所と伝えられています。
天誅組が幕軍を迎え討とうとした場所でもありました。
※「黒木御所」とは、黒木(皮付きの丸木)で作られた粗末な仮宮で、戦時や政変時の行宮です。この名の御所は全国各地に点在します。
「うつくしき吉野~台風12号の受難から復興への祈り 」
「玉置神社と十津川村の歴史 」
【太平記「大塔宮熊野落ち」より】忠義の人 片岡八郎利一
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谷瀬の吊橋と十津川村のくらし ~ 回想・吉野郡十津川村玉置紀行
十津川村は、日本一の吊橋の村です。
十津川の本流から支流が深いV字渓谷をなして流れています。
そのため吊橋は、昔から生活のための重要な道です。
吊橋の数は60基以上になります。
その中でも、この谷瀬の吊り橋は、長さ297m、高さ54mと日本一をほこる生活用吊橋です。
昭和29年に架設されました。
高いところがニガテな私は、渡ることすらできませんが、
先日、テレビでこの橋を地元の人が、ひょうひょうとスクーターで渡る様子を放送していました。
町中の歩道橋のよろしく、ときおりこのような吊橋を発見することがあります。

山と山が迫り、その合間には清流がながれる風景の十津川村。
平地、ことに都市部に住む人たちと、明らかに異なる生活習慣をもった空間でありますね。
山の崖にへばりつくように集落が点在する十津川村。
いつか機会があればその生活様式、習慣について伺ってみたいと思います。
「うつくしき吉野~台風12号の受難から復興への祈り」
「玉置神社と十津川村の歴史」
十津川の本流から支流が深いV字渓谷をなして流れています。
そのため吊橋は、昔から生活のための重要な道です。
吊橋の数は60基以上になります。
その中でも、この谷瀬の吊り橋は、長さ297m、高さ54mと日本一をほこる生活用吊橋です。
昭和29年に架設されました。
高いところがニガテな私は、渡ることすらできませんが、
先日、テレビでこの橋を地元の人が、ひょうひょうとスクーターで渡る様子を放送していました。
町中の歩道橋のよろしく、ときおりこのような吊橋を発見することがあります。

山と山が迫り、その合間には清流がながれる風景の十津川村。
平地、ことに都市部に住む人たちと、明らかに異なる生活習慣をもった空間でありますね。
山の崖にへばりつくように集落が点在する十津川村。
いつか機会があればその生活様式、習慣について伺ってみたいと思います。
「うつくしき吉野~台風12号の受難から復興への祈り」
「玉置神社と十津川村の歴史」
わおおおぉぉぉーーーーー! ~ 中秋の名月に吠える。
わん

こんばんは。
TOKYO歴史ミステリーハンター★鈴木 です。
今宵は、中秋の名月。
ここは横浜、みなとみらい。
横浜ランドマークタワーからJR桜木町駅へむかう途中のことです。
なにやらご婦人がたが、ある方向をみて嘆息しています。
ふとつられてみると、
曇りない夜空に、まんまるお月さまがでているではありませんか。
十五夜お月さまに、そこにいた人がいっせいに見ています。
きっと日本全国の大勢のひとが、おなじ空をみていることでしょう。
月の光は銀矢となり、北も、南も、
被災地にも、この平穏な都市、そして遠い山間部にも・・・
等しくふりそそぐことでしょう。
そして誰かが見上げている。
そう、想像すると、なんと豊かな夜なんでしょう。
・・・
あなたの町の夜空は、いかがですか?
(^-^)/
わおおおぉぉぉーーーーー!
(^o^)








