特別企画第四弾のお知らせ。【12月22日】 算命学で見た奈良歴史の人物とミステリー
前回おおくりしました、
連動企画【算命学で見た、奈良・歴史上の人物とミステリー】
いかがだったでしょうか。
維新志士、坂本龍馬、桂小五郎、高杉晋作と名だたる中で、
土佐の吉村寅太郎は、ご存知でない方も多いかもしれませんね。
明治維新。変革は、激しい産みの苦しみ、多くのものを犠牲にした末に成りたちました。
しかし、吉村寅太郎率いる天誅組が活躍した奈良、
東吉野村の人々は、天誅組のことを忘れまいと、彼らを”先生”と呼び、手厚く供養したのですね。
一方、同じく吉野郡十津川郷にとっては、天誅組は天子を欺く賊でしかなかったのですね。
天誅組を討伐した奈良・大和は幕府方でした。
明治維新の後、奈良は悲惨な一途を辿る事になります。
それがこちら。
「奈良県が消えた時代(1) 」
「奈良県が消えた時代(2) 」
さて、次回は、「算命学カウンセラー紅星くれないぼし
」先生と、連動企画・・・
第四弾を明日、12月22日・正午にお送りします。
年末・年始といえば、大晦日とお正月。
でも受験生にとってはラストスパートの時期ですね。
太宰府天満宮には、子供の受験合格を祈願して、親御さんたちが殺到します。
がんばれ受験生![]()
太宰府天満宮といえば、菅原道真を祭神として祀る天満宮の一つです。
・・・そうです。
次回は、菅原道真です。
「えっ、菅原道真って、福岡のヒトじゃないの!?」・・・と仰る人は、いらっしゃいますかな?
「えっ、平安時代の京都のエライ人だけど、福岡に左遷された人じゃないの!?」
・・・という人の方が多いでしょうね。
後、ちょっと詳しい人は、これ。
- 陰陽師 (1) (Jets comics)/岡野 玲子
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「菅原道真って、バケモノじゃないの!?」という人も・・・いるかな?
教科書では教えてくれない菅原道真の知られざるルーツをここでご紹介します。
明日、2009年12月22日・12時に、掲載しますね。
キーワードは、
出雲 平城京 埴輪 相撲
乞うご期待です。
紅星先生との連動企画で紹介した歴史上の人物はこちら。
第一弾、豊臣秀長 。
第二弾、筒井順慶 。
算命学カウンセラー紅星(くれないぼし)先生のブログは、こちら。
奈良歴史ミステリーハンターの奈良の歴史と観光情報は、こちら。
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ハロー アゲイン(その後)
私の住む地域に新しい産婦人科ができました。
3階建ての建物に、ワイヤーで吊ったクリスマスツリーのイルミネーションが、夜を彩っています。
ふと、先日あげたこの記事のことが頭をよぎり、家内に聞きました。
この記事です。「ハロー アゲイン 」。
奈良であった、私の身近で起こった奇跡です。
その後、おなかの中に残った双子の一人と、お母さんはどうなったのでしょう。
順調だそうです。
でも、お母さんは、気が気ではないそうですね。
それはそうでしょう。
でも、きっと、今度は大丈夫だと思いますね。
この世に30分だけ生をうけて出てきて、亡くなった双子の一人には、名前を付けてあげて、供養してあげたそうです。
なんと、私の娘の名前を頂戴したそうです。
お母さん、私の娘のように元気に生まれてきてほしいと、願っていたそうですね。
男の子であれば、やはり、うちの息子の名をつけてあげようと、思っていたそうです。
そのお母さんにもお子さんにもあったことは無いのですが、こういうご縁もあるんですね。
元気で、真っ黒で、坂本龍馬好きのうちの娘のように、天国で元気でいてほしいですね。
春日若宮おん祭 遷幸ノ儀 【12月17日・零時】 春日大社 若宮
お・お・お・ぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・
暗いくらい森のむこうから、重々しい太鼓の音が、
どーん・・・
どーん・・・
と、ひびきます。
ふぅわぁ・・・・・・・と荘厳な笛の音がつづきます。
やがて、
まっ暗闇のむこう、木々の間が、ぼぅっと明かるくなります。
春日大社の参道の両脇にずらっと並んだ参拝者のなかに、一人私がいました。
春日若宮おん祭。
八百七十年にわたり執り行われつづけられている神事です。
春日大社の摂社である若宮の御祭神は、本宮の児屋根命と比売神の御子神・押雲根命。
深夜・零時。遷幸ノ儀。
若宮神を春日大社本殿より、お旅所の行宮(あんぐう)へお遷しする行事です。
夜。近鉄奈良駅へ訪れた私は、猿沢池、興福寺を横目に、足早に春日大社参道へと向かいます。
つんっと冷え込んだ空気が肌を突き刺します。
一の鳥居の前の旅館が立ち並ぶ道路は街灯を消して、自動販売機の明かりがまぶしいくらいに白いひかりをはなっていました。
道行くヒトの姿は影しかうかがえません。
みなさん、若宮おん祭・遷幸ノ儀に訪れた人たちです。
一の鳥居の向こうの参道は、べったりとぬりこまれた闇です。
昔からのならわしに従い、すべての灯火がおとされています。
こうなると、なれた道でしたが、さすがにそうはいかないですね。
途中、ふわっと若木を裂いた香りがしました。
しばらく、ざくざくと歩いていると、目が慣れてきます。
道が白く浮かび上がり、森の中に立ち並ぶ灯篭のシルエットがうかがえてきます。
神経が研ぎ澄まされてくると、周りの人々の雑談、遠くで鹿が鳴く声が耳におおきく届いてきます。
参拝者がもった懐中電灯の明かりがフラッシュライトのように、目にささり、おもわず背けてしまいます。
ん?
立ち並ぶ灯篭のシルエットにまざって、鹿がジッとたたずんでいました。
参拝者が行く姿を見張るかのようでした。
森のあちこちで、そんな気配がありました。
いつもと違う緊張感に満ちています。
上を見上げると影絵のように黒い木のシルエットの先には、澄んだ濃紺の夜空に、硝子粒の星が瞬きます。
行宮に付くと橙色の明かりがともっていました。
柵の向こうに、二つの火炎模様の大きな太鼓が、巨人が向かい合うように立っています。
ここに若宮様をお遷しするのですね。
午前零時から本宮から、遷幸ノ儀が行われ、その後、午前1時に暁際が執行されます。
更に奥への闇へと進みます。
参道途中には、飛火野が広がる車道があります。
そこを越えて、さらに奥へ。本殿へと近づいていきます。
やがて、参道両脇に参拝者達がたむろしているところにでくわします。
その末尾に立ちます。
そして、零時を待ちます。
警備員から、お遷し中は写真撮影禁止、明かりをともすことも禁止である旨の説明があります。
ざわざわとお互いの顔が見えない中、人々が時間を許す限り雑談しています。
そして、時間がきます。
本殿がある方向から、笛の音がとおく森のむこうで聞こえてきます。
真っ暗闇です。
やがて、かすかに、
ヲー、ヲーと、警蹕(みさき)の声がします。
暗いくらい森のむこうから、重々しい太鼓の音が、
どーん・・・
どーん・・・
と、ひびきます。
ふぅわぁ・・・・・・・と荘厳な笛の音がつづきます。
すると、
まっ暗闇のむこう、木々の間が、ぼぅっと明かるくなります。
笛と、声がひとつになっておおきな波のように、じりじりおしよせてきます。
お・お・お・ぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・
参道のむこうがぼんやりと明るくなります。
神官が二人、先に、参道両側に、おおきな松明を引きずっています。
その後ろに鞭のようなもので、叩く神官がいます。
松明はたたかれ、火の粉を参道におとし、それがワダチのように跡をのこします。
松明がすぎると、ワダチをたどって、榊の枝をもった神官の群れがつづきます。
笛と、声がうわっとおおきくなります。
お・お・お・ぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・
拡散する声を、甲高い笛の音が、黄金色の紐のようにまとわりつきます。
神官たちの姿はシルエットで烏帽子が闇にぞろぞろとゆれています。
神官たちが手にした榊は、あたかも森のようにつづきます。
私はじっとりと圧倒されていました。
次に笛を鳴らす神官たちの群れです。
贅沢に思えるほどの音量は、l参道の点状を覆う、森の枝葉の天蓋まで満ち満ちています。
そして、後につづく神官の口々から、間断なくヲー、ヲーと声が発せられています。
お・お・お・ぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・お・お・お・ぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・
よく、わたしは寺社仏閣を訪れた時に、その場の雰囲気ががらりとかわる様子、空気が違う感覚を”結界”という表現をします。
外界から遮断された独特の清浄な雰囲気ですね。
遷幸ノ儀で参道を行宮へむかうその一団は、まるで結界でした。
結界が奔流となり移動しているのです。
一言でいえば神秘。
肌感覚で、そんな恐怖、畏怖感に自然と手をあわせ、固唾をのんでみおくっていました。
やがて神官たちの後を、氏子たちがつづきます。
威力が遠のいてゆきます。
参道を並ぶ先頭から、後につづいてゆくのを見送り、参拝者の群れにまじって私もくだっていきます。
行宮までもどると人だかりです。
暁祭をみとどけず、私は軽い興奮をおぼえつつ帰宅の途につきました。
若宮おん祭は、15日からはじまり、18日で終焉します。
15日に奈良町のもちいどの商店街奥にある大宿所で、「大宿所のお祭」が執行されます。
そして17日正午に「お渡り式」、お旅所祭が行われます。
最後に18時の13時に「後宴能・奉納相撲」が行われ、お祭りに関わった人へのねぎらいとされます。
