1998年4月4日のアントニオ猪木の引退の挨拶はこう始まります。


私は今、感動と感激そして素晴らしい空間の中に立っています。
心の奥底からわき上がる皆様に対する感謝と熱い思いを止めることが出来ません 。新日本プロレスに入団してからかなりの時間がたちました。いよいよ今日、この姿が最後となります。
思えば右も左も分からない少年が「力道山」の手によってブラジルから連れ戻されました。それから20年の月日が流れてしまいました。
最初にこのリングに立ったときは興奮と緊張で胸が張り裂けんばかりでしたが、今日はこのような大勢の皆様の前で最後のご挨拶が出来るということは本当に熱い思いで言葉になりません。
私は色紙にいつの日か「闘魂」という文字を書くようになりました。そしてある人が「燃える闘魂」と名付けてくれました。
「闘魂とは己に打ち勝つことそして闘いを通じて己の魂を磨いていくことだ」と思います。
最後に私から皆様にメッセージを贈りたいと思います。

そして、次の言葉を語りだしました。

人は歩みを止めたときに、そして挑戦をあきらめたときに年老いていくのだと思います。

「この道を行けばどうなるものか。危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。
踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ。行けば分かるさ。」

ありがとう!

なんと素晴らしいことばでしょう。猪木は、このことばは「一休宗純」の言葉として紹介していますが、清沢哲夫(のちの暁烏哲夫)氏の詩「道」から引用したというのが真実みたいですね。

まあ、いい言葉だ!感動した!

雨は降る降る じんばは濡れる 越すに越されぬ 田原坂 右手に血刀 左手に手綱 馬上ゆたかな 美少年


これは、明治10年(1877年)、西郷隆盛の率いる鹿児島士族が起こした日本最後の内戦「西南戦争」からとった、民謡「田原坂」の一節ですが、この「美少年」とは。

 
明治10年、13,000人の薩摩軍が鹿児島を出発すると、九州各地の旧士族も加わり、総勢3万人を越えたといわれています。官軍(新政府軍)も、9個旅団(約9万人)を投入し、熊本城や「田原坂」で激戦を繰り広げ、熊本城の攻防は50日余りにわたりました。

熊本城はなかなか落ちず、「田原坂」の戦いでは、旧会津藩士や旧新選組(斎藤一とか)ら士族出身者中心の特別編成部隊「抜刀隊」による攻撃が、旧薩摩藩士らの「薩摩示現流」を繰り出す攻撃を圧倒し、薩摩軍は敗れてしまいました。

この「田原坂」の激戦での「わずか「15から20歳前後」の旧薩摩士族出身の若者たち」の活躍が「美少年」に謡われたようです。最後に、西郷隆盛らも鹿児島城山で全滅し、西南戦争は終結しましたが、官軍、薩摩軍合わせて14000人もの戦死者が出たといわれています。

この戦争は、なんだかトム・クルーズと渡辺謙が出演した「ラストサムライ」と二重写しになりますが、この西南戦争最大の激戦地「田原坂」で活躍した、薩摩軍幹部・村田新八の息子・村田岩熊が「田原坂」の「美少年」のモデルといわれています。

村田岩熊は、薩摩きっての秀才として将来を嘱望された逸材で、明治初期に米国へ留学。明治9年には、米国の海軍兵学校にいましたが、故郷の風雲急を知らされすぐに帰国。薩摩軍に従軍。享年19歳。

また、村田新八は、年少から西郷隆盛に師事し、岩倉使節団の一員に加わり、欧米視察団にも随行。勝海舟からも大久保利通に次ぐ傑物と評価されていた人物で、西郷隆盛の腹心でもありました。西南戦争では薩摩軍の二番大隊長を務め、剣術も強かった反面、絵画を愛し、音楽を好み、いつもアコーディオンを携え、時々弾いていたそうです。


熊本の銘酒「美少年」とは関係ないみたいですが、なんとなくイメージされますね。

「美少年」は、やはり「深い」。

京都の夏は暑い!本当に暑いですね。

ところで、こんな暑い京の夏を少しでも涼しく過ごせる夜の観光スポットをご紹介いたしましょう。

枕草子でも紹介されているでしょう、「夏は夜」ってね。夜

8月6日~15日(ライトアップ:19:00~21:30)まで、京都の二条城と堀川、鴨川を会場に「京の七夕」を開催しています。(旧暦の七夕「乞巧奠(きっこうてん)」にちなんだものです)

二条城(ここは、今年の大河ドラマ「龍馬伝」にも出てくると思いますが、「大政奉還」が行われてところで、来年の大河ドラマ「「江 ~姫たちの戦国~」では、大阪の陣の前に、家康と秀頼が最初にして最後の会見を行う、歴史的な舞台の地でもあります)では、石井竜也氏の作品「顔魂(かおだま)」が二の丸御殿台所で展示されています。

堀川会場(堀川御池~一条戻り橋)は、北行き一方通行なので、堀川押小路から北上すると、願い七夕笹飾り(堀川二条~夷川)、光の友禅流し(堀川竹屋町付近)、光の天の川ぴかぴか(新しい)(堀川丸太町~下立売通)など見どころがたくさんです。

堀川御池から丸太町辺りは、伝統産業「京友禅」の産地で「友禅流し」なども行われていたようです。

鴨川会場(鴨川四条~御池通)では、鴨川右岸(西側)を主な会場にして、納涼床沿いに七夕大笹飾り、竹灯り、風鈴灯などが見られます。

大文字の送り火(8月16日)までの期間、京の夜を風に吹かれながら散策してみませんか。わーい(嬉しい顔)