1998年4月4日のアントニオ猪木の引退の挨拶はこう始まります。
私は今、感動と感激そして素晴らしい空間の中に立っています。
心の奥底からわき上がる皆様に対する感謝と熱い思いを止めることが出来ません 。新日本プロレスに入団してからかなりの時間がたちました。いよいよ今日、この姿が最後となります。
思えば右も左も分からない少年が「力道山」の手によってブラジルから連れ戻されました。それから20年の月日が流れてしまいました。
最初にこのリングに立ったときは興奮と緊張で胸が張り裂けんばかりでしたが、今日はこのような大勢の皆様の前で最後のご挨拶が出来るということは本当に熱い思いで言葉になりません。
私は色紙にいつの日か「闘魂」という文字を書くようになりました。そしてある人が「燃える闘魂」と名付けてくれました。
「闘魂とは己に打ち勝つことそして闘いを通じて己の魂を磨いていくことだ」と思います。
最後に私から皆様にメッセージを贈りたいと思います。
そして、次の言葉を語りだしました。
人は歩みを止めたときに、そして挑戦をあきらめたときに年老いていくのだと思います。
「この道を行けばどうなるものか。危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。
踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ。行けば分かるさ。」
ありがとう!
なんと素晴らしいことばでしょう。猪木は、このことばは「一休宗純」の言葉として紹介していますが、清沢哲夫(のちの暁烏哲夫)氏の詩「道」から引用したというのが真実みたいですね。
まあ、いい言葉だ!感動した!
私は今、感動と感激そして素晴らしい空間の中に立っています。
心の奥底からわき上がる皆様に対する感謝と熱い思いを止めることが出来ません 。新日本プロレスに入団してからかなりの時間がたちました。いよいよ今日、この姿が最後となります。
思えば右も左も分からない少年が「力道山」の手によってブラジルから連れ戻されました。それから20年の月日が流れてしまいました。
最初にこのリングに立ったときは興奮と緊張で胸が張り裂けんばかりでしたが、今日はこのような大勢の皆様の前で最後のご挨拶が出来るということは本当に熱い思いで言葉になりません。
私は色紙にいつの日か「闘魂」という文字を書くようになりました。そしてある人が「燃える闘魂」と名付けてくれました。
「闘魂とは己に打ち勝つことそして闘いを通じて己の魂を磨いていくことだ」と思います。
最後に私から皆様にメッセージを贈りたいと思います。
そして、次の言葉を語りだしました。
人は歩みを止めたときに、そして挑戦をあきらめたときに年老いていくのだと思います。
「この道を行けばどうなるものか。危ぶむなかれ。危ぶめば道はなし。
踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ。行けば分かるさ。」
ありがとう!
なんと素晴らしいことばでしょう。猪木は、このことばは「一休宗純」の言葉として紹介していますが、清沢哲夫(のちの暁烏哲夫)氏の詩「道」から引用したというのが真実みたいですね。
まあ、いい言葉だ!感動した!