あれは幻だったのか | ごめんそれほど好きじゃない

ごめんそれほど好きじゃない

好きだけどそれほど熱中してるわけじゃないんです。

小学生の頃からずっと通い詰めていた本屋がある。

自転車でぶらり、暇があると立ち寄っていた。

親が買った日本名作全集は、色んな作家のとっかかりの寄せ集めでしかないので、作家ごとに読みつくすタイプだった私は物足りず、井上靖や芥川龍之介など、気に入った作家の小説を文庫本で集めるべく、少ない小遣いで少しずつ買っていた。

 

友達と行く事もあったが、友達はそういう本には興味を示さず、漫画や明星などのアイドル雑誌のコーナーをひととおりなめてもう退屈そうな顔をする。

 

私は本屋に行くと、全部のコーナーを見て回らないと気が済まない。SFの創元文庫、哲学のラインナップが多い岩波文庫、ミステリーも、もちろん漫画も全部好き。

 

お小遣いで買える本の範囲は知れているので、立ち読みもする(笑)当時はまだ立ち読みの技術も確立しておらず、5回ぐらい通ってやっと一冊読了できる程度。

(今は20分あれば一冊読める←自慢するな)

昔の漫画によくあるように、店主がわかりやすくハタキを持って立ち読みを阻止すべくパタパタとはたきに来る(笑)

 

長年通い詰めて、立ち読みもするけどたまにちゃんと買う、

そんな風に店主に認識されたのか、いつの頃からか黙認されるようになった。実際文庫本のほとんどはここで買った。

 

私が蔵書をブックオフなどに出せない理由はこれ。

買った本に必ず日付を入れていたから。

 

当時お気に入りだった萩尾望都の「ポーの一族」に登場するキャラクターの名前でサインを入れてるあたりが(笑)

友達にも呼ばせていたっけ。

 

そんなある日、いつものように本屋で物色をしていると、店主に声を掛けられた。

「奥に絵本の部屋があるんだけど、見る?」

 

他に客はあまりおらず、私だけに声を掛けているし、しかも

絵本?と訝しく思ったが、好奇心には逆らえず頷いた。

 

その部屋は本屋の一番奥の、今までそんな気配さえ無かった扉の向こうにあった。

一歩入るとそこは、一面に絵本がずらりと並ぶ別世界だった。見たこともない、いわゆる普通の本屋で見る絵本とは全く違うテイストの本ばかり。

今思うとあのラインナップって、紀伊国屋書店の洋書絵本を集めたコーナーに似ていた気がする。

 

ただ、そこにある絵本は値段がべらぼうに高かった。

文庫本を買うのがせいぜいだった私にとっては手の届かない値段。

「自由に見ていいよ。いつでも見たくなったら声かけてね」

と店主のおじさんは言ってくれた。

どうやら普段は解放していないスペースで、許可がないと入れないし、しかも絵本だが子供には解放していないよう。

 

きっと店主が大切に集めた本たちなんだろうな。

でもって、私は選ばれた客なのかも。

友達と行った時には勿論入れないし、一人の時でも入る時は必ず店主が見守っている特殊な状況なので、私もたまにしか

入る事はなかった。

買わなくていいとは言ってたけれど、でも一冊ぐらいは買った方がいいんじゃないか、そんな風に気を使ったりして、

ある時一冊だけ、気になっていた絵本を頑張って買った。

 

「猫のヤーコプうちあけばなし」

ビニールカバー付きの豪華な装丁の絵本。

今も大切に残してある。

 

その後、引っ越したり結婚でその地を離れた為、本屋を訪れることは無くなったのだが、思い出して探してみたがもうその本屋は無くなっていた。

Amazonの侵食で、こだわりの蔵書を持つ本屋から順に潰れていく現象が起きて、今や淘汰されきった感がある。

 

日々薄れていく記憶の中で、果たしてあの絵本部屋は本当にあったのだろうかと思ったりするようになった。

私が知る限り、あの部屋を訪れた他の人を見たのは一度だけ、綺麗なお姉さんが一人。友達に聞いても分かるはずもなく、ちょっと特殊な体験だったのかもと思ったり、いやいやそんな特別な空間じゃなく、単に奥に別コーナーがありますよ的な感じだったのか、今となっては分からない。

 

ただ、当時に買った本たちの巻末に私が書いたこの書店名だけが、確かにそこにその本屋がありました、という証明をしている。