今日、とある故人を偲ぶ会に出席してきます。
多くの人にメッセージを届け、多くの人に生きる希望を見せてくれた人です。
晩年は、鼻から酸素チューブを取り付けて多摩川河川敷のソフトボール大会でバッターをしていた。
そのとき、
「俺たちは狂っているということを忘れないように。」
「今日一日を生きるように。」
というメッセージをいただいた。
その故人の山本さん、私の顔を見るたび、
「大将、トミーは元気か?」
と、気さくに声をかけてくれた。
トミーは
「お前の話は山本さんなら受け止めてもらえる。」
といってたけど、
山本さんに限らず、私の話を聞いた多くの人たちからは、温かい気持ちを返してもらった。
そのエピソードは、ブログにも書いた
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また、今日は竹原ピストルの歌をシェアしたくなった。
この歌を教えてくれた人は、極道の世界にいる群馬の刑務所出所者。
あの出会いは今でも鮮明に覚えている。
2016年の4月1日、自分は、とある公益法人の会長の車の運転手として、
「ヤクザの花見」に参加した。
花見の駐車場で、その人は本革でできた赤いスーツを着てタバコを吹かしていた。
私がその人の姿を見て一声目に出た言葉が
「すごい格好してますね。」
だった。
その人は、
「俺に近づくやつは、この服装でまず選ばれる。」
と、言ってた。
まあ、自分は個性的刺激的な人が好きな質なので、
この「ヤクザの花見」にも参加するし、
その人が変わった格好だからと遠ざけたりはしない。
一泊二日の花見だったのだが、
二日目はそのホテルで雑魚寝した。
雑魚寝メンバーは会長は別の部屋。
ほか、名前のわからない人ばかり。
ひとりは組の長のようで、
名前が伝わらないよう、「ハンサムボーイ」と呼ばれていた。
もう二人ほどいたが、全身に桜模様の刺青が入っている以外は大して覚えてない。
その日、館林のホテルで、その人と大浴場に入ったのだが、
入り口には
「入れ墨、タトゥーの人はお断りします。
見つけ次第、ホテルから退去していただきます」
と書かれていた。
彼は全身刺青だし、平気で服役に至る事件の話で盛り上がるから、
ほかのカタギのお客さんに申し訳ない気分になった。
「キッズケータイって便利ですよ。」
と言われ、その理由を聞くと。
「さらいたいヤツの車に放り込んでおけば、そいつがどこにいるかわかるだろ?」
と言ってた。
知り合いにそれと、その他のことを実行して黒羽刑務所服役に至ったそうだ。
お風呂のあと、その人は竹原ピストルのリンクをラインでくれた。
こんな影の濃い人は久しぶりだなあと、しみじみ思った。
彼らの腕からは桜が覗いていた。
「明後日、東京で刑務所出所者無料のゲシュタルトセラピーのワークショップを開催するのですが、来ませんか?」
と、お誘いしたら、
「来月は死んでいるかもしれないから、行けるうちに行く。」
と言って、東京まで来てくれた。
4月3日のワークショップのファシリテーターは百武さん。
このゲシュタルトセラピーのワークの日以降、
ゲシュタルトセラピーを気に入ったようで、
その人は東京にゲシュタルトセラピーを受けに通うようになった。
彼の呼ばれたい名前は「クロちゃん」。
「次のセミナーはいつですか?」
と、毎回の参加を楽しみにしていた。
最初は一般の席に参加したが、
やはり、言動がヤクザだから、
カタギの人たちに怖がられたので、
刑務所出所者と、ゲシュタルトセラピーのファシリテーターだけの参加者で
ダブルクローズのドワークの席を用意することになった。
およそ一年、ゲシュタルトセラピーを続けた。
クロちゃんは、
「俺みたいなものが役に立つのなら、
刑務所出てきたひとの支援ができる施設を作りたい。」
と言っていた。
今年の6月までは彼は生きていた。
梅雨時に罹りやすい病に倒れた。
資金繰りが厳しいこともあり、
心身に無理が祟ったようだ。
それを教えてくれたのは私に運転手を依頼したおばちゃんと、
花見で出会った彼の後輩。
その連絡は悲しくて、動揺していた。
自分は、悼み、祈ることしかできない。
刑務所出所者の支援を公費なしで、
出所者主導で行うのはお金がかかる。
やもすれば、自分も同じ道をたどり、
病気で命を落とすかもしれない。
それを忘れないように、それでも生きていく方法を
皆に伝えていく。
来月以降の犯罪からの回復とグループセラピ-のリンクはこちら。
https://ameblo.jp/fengshui0708/entry-12397482501.html
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