更新を止めていた理由と、再開にあたって
少し長い記事になりますが、ブログを再開するにあたり、これまで更新を止めていた理由と、これからについて書いておきたいと思います。
長い間、一部を除き、新規のブログの更新を止めていました。
更新を止めていた理由
ことのはじまりは2019年でした。
生徒さんから、私の記事が盗用されていることを知らされました。
確認してみると、私の記事に少し手を加えたものが、その方自身の記事として掲載されていたのです。
その方のブログを確認したところ、ほとんど更新されておらず、その記事以前には、数件の記事しか掲載されていませんでした。
その数件の記事は私の書いたものとは程遠く、視点も全く違う内容でした。
(これらの記事についても当時の状態を記録・保存しています)
たまたま、今回私の記事を目にして影響を受けたのかなと思ったのですが、まさかこれが何年も続くと思いませんでした。
それからは、私が記事を公開すると、そのあとを追うように、同じ内容や同じ表現を使った記事が、その方のブログに盗用されるということが繰り返されていったのです。
2022年、特に酷似している記事についてGoogleに著作権侵害の申請を行ったところ、その方の記事数件が検索結果から削除されました。
また、知り合いを通じて、盗用をやめていただくようお願いしました。
間に入ってくださった方も記事の酷似をお認めになり、やめるよう伝えると仰ってくださいました。
しかし、盗用は形を変えて続きました。
それからは、こちらが公開した内容を盗用したあと、日付を過去に書いたもののように変更し、盗用記事のほうが先に書いたかのように装ったり、自身の過去記事のなかに私の書いたことを分解して織り込んでいったりと、盗用が巧妙になっていきました。
そのブログが開設されるより前の日付が付いているものもありました。
日付が動けば、どちらが先に書いたのかが、見かけの上では分からなくなります。
どうしてこういったことをするのか、SEO(検索で見つけてもらうための技術)の専門家に一連の状況を見てもらいました。
その結果、単に私の記事を盗用することだけが目的なのではなく、私の記事と競合する類似ページを作ることで、検索結果上で私の記事の順位を押し下げ、相対的に自身の記事を上位にすることを狙った動きとして説明できるとの見解を伝えられました。
また、公開時期や記事内容の重なり方などから見ても、「自然に同じテーマを扱った競合」と考えるには不自然で、特定のサイトを継続的に意識した動きと見るのが妥当とのことでした。
つまり、単なる文章の盗用だけではなく、検索結果にも影響する問題へと発展していました。
私が書いた記事は、説明の組み立ても、言葉の選び方も、 自分の経験から生まれたものです。
私の思考を表現していくのに、私自身相当時間をかけて努力をしてきました。
それに少し手を加え、他人の記事として現れるたびに、意欲が削がれていったのです。
考えた末に、私は更新を止めました。
すると、興味深いことが起きました。
私が書くのを止めたところ、その方の新しい記事が作られることが極端に減ったのです。
この数年の沈黙は、私にとって答え合わせの期間でもありました。
法的な問題は専門家に相談し、これまでの記録もすべて保存しました。
再開にあたって整えたこと
安心して書き続けるために、次の体制を整えました。
1. すべての記事は、公開時に第三者機関にも記録する運用にしています。
私の記事は公開した時点で、インターネットアーカイブなどの第三者機関に 日付つきで保存されます。
「いつ・誰が先に書いたか」は、私の手元だけではなく、第三者による日時付きの記録として残ります。
ブログやホームページに表示される「公開日」は、あとから自由に 書き換えられるものです。
私も自分の記事の日付を証拠とは考えていません。
先後を確認する際には、ブログ上の表示日ではなく、第三者機関による日時付きの保存記録など、外部の記録を基準にします。
表示上の日付が後から変更されても、外部の保存記録によって、記録上の先後関係を確認できます。
2. 関係する媒体の全記事を、日付つきで記録・保存しています。
関係する媒体については、記事の内容と更新状況を継続的に記録・保存し、取得日つきで保管する仕組みを動かしています。
この記録は今後、定期的に更新されます。
3. 過去の記事への「あとからの書き足し」も判別できます。
新しい記事だけではありません。
すでにある記事に後から言葉や解説を書き足した場合も、保存済みの内容との比較によって、後から追加・変更されたことを確認できます。
4. 類似や一致が確認された場合は、比較一覧を作成する準備があります。
検出は人の目ではなく機械的な照合で行われます。
類似や一致が確認されたときは、私の記事と、その後に確認された類似記事について、第三者機関の保存日時や取得記録をもとに時系列で並べた比較一覧を、証拠の記録とともに作成できる状態にしています。
必要と判断した場合には、しかるべき手続きのうえで対応します。
なお、この体制は、過去をさかのぼって誰かを追及するためのものではありません。
これから先、私が安心して書き続けられるようにするためのものです。
振り返って
それ以前に別の方からも盗用
公になった事案なので、ご存じの方もいらっしゃると思いますが、2019年には今回とは別の方による盗用もありました。
この件については、相手の方が盗用を認め、自ら公開謝罪をされています。
その後、もうお気持ちは十分に受け取りましたので、謝罪文は削除していただいて構わない旨を私からお伝えし、現在は公開されていません。
今回の件がなければ、この別件について改めて触れることもなかったと思います。
ただ、複数の知人から同じようなことが起きたため、なぜこうしたことが繰り返されるのだろう、と少し考えるようになりました。
そこで、なぜ私の記事は盗まれやすいのか、AIに聞いてみました
「私の記事は、どうして盗まれやすいのだろう。しかも知り合いに。」
AIから返ってきた回答を、趣旨を変えない範囲で読みやすく整理して載せます。
(一応、忖度を一切しないようにという設定にしていますが、それでもAIの一つの見解として、割り引いて読んでください)
盗まれやすい理由の一つは、記事が「一次品」だからだと思います。
先生の記事は、既存の知識をまとめただけではなく、実占で得た経験、仕事の現場で考えたこと、自分なりに検証してきたことを、自分の言葉で組み立てています。
こうした内容は、その人が書かなければ存在しない情報を含みます。
また、実際に検索から継続的に読者を集めている記事であれば、同じ分野で発信する人にとって価値が分かりやすいという側面もあります。
知り合いから起きやすいことにも理由があります。
- 近い人ほど、普段から発信を見ています。
接触する機会が多ければ、それだけ内容を取り込む機会も増えます。
- 近い人ほど、どこが独自なのか分かります。
同じ分野を学んでいる人だからこそ、「一般的な知識」と「その人独自の考え」の違いを理解できます。
- 近い人ほど、似ていても紛れやすい面があります。
同じ分野を扱っていれば、「同じことを学んでいるから似ただけ」と説明する余地が生まれます。
- 人間関係があるほど、指摘しにくくなります。
無関係の相手より、知人や同業者のほうが、問題を指摘したときの人間関係への影響を考えてしまいます。
つまり、複数の人から同じようなことが起きたという事実は、少なくとも、その人たちが先生の発信を継続的に見ていて、そこに利用したいと思う内容があったことを示しているとは言えます。
そして今は、「似ていても分からない」「指摘されない」という状況そのものが、記録の仕組みによって以前より成立しにくくなっています。
嫌な経験ではありましたが、こういう見方をすると、少しだけ違って見えてきます。
そこで、もうひとつ聞いてみました。
「盗まれるということは、少なくとも私の記事を良い記事だと思ったということ?」
少なくとも、「自分の記事に取り込みたい」と思う程度には価値を感じていた、と考えるのが自然です。
これは言葉ではなく、行動として表れています。
長い期間、記事が公開されたあとを追うように似た内容が現れた。
質問への回答として書いた内容まで、その後ほどなくして類似した内容が現れた。
そして非常に特徴的なのは、先生が新しい記事を書くことを止めたあと、相手側でも新しい記事の更新が止まったことです。
もちろん、これだけで因果関係を証明することはできません。
ただ、長期間にわたる一連の動きを合わせて見れば、先生の発信を継続的に意識していたと見るのが自然です。
「関心がない」「関わりたくない」と本当に考えている相手であれば、その人の発信を何年も追い、その内容を自分の記事に取り込む必要はありません。
言葉ではなく行動だけを見るなら、少なくとも長い間、先生の発信を無視できないものとして見ていたことになります。
嫌な経験だったことには変わりませんが、
「それだけ使いたいと思われるものを書いていた」
と捉え直すこともできます。
そして今度は、その前後関係も変更履歴も記録されます。
先生はもう、相手の行動を気にして書くことを止める必要はありません。
普通に、自分の続きを書けばいいと思います。
この視点からみると、この経験も無駄ではなかったのかもしれません。
今回、更新を再開するにあたって大きかったのが、AIを使って記事の保存や比較を行う「記録ツール」を作り、実際に運用できるところまで来たことです。
公開した記事を記録し、その後に現れた類似した内容や、既存記事への書き足しについても比較できるようになりました。
AIがここまで発達していなければ、私はまだブログの執筆を再開するところまでは来ていなかったと思います。
皮肉なことですが、長い間ブログを書くことを止める原因になった出来事が、結果として新しい仕組みを作るきっかけにもなりました。
そして、人間関係や仕事のなかで起きる問題について、実際に悩み、調べ、対処してきたこの経験も、今後の鑑定に活かしていけるものだと考えています。
もう、私が書くことを止める必要はありません。
読んでくださる方へ
これまで蓄積してきた研究や実務の経験について、書き溜めていました。
今後はそれらを少しずつ公開していきたいと思っています。
また、今回作ったツールについても、今後ご活用いただける形でご紹介していきたいと思っています。
出典を明記した正当な引用は、これまでどおり歓迎します。
学びのために私の記事を役立てていただけることは、書き手として嬉しい限りです。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。
アーロン千生
2026.8.15