嵐を呼ぶ!!

嵐を呼ぶったって何も裕次郎じゃないよ!
以前から考えてたことだけど
もし俺が政治家になっていたら(勿論、あり得ないが)
二つの実践(世に問いたい)したいアイデアがある。
ひとつは大分以前このブログに書いた
列島改造論でこれは可なりのスケールの話だが。
もうひとつが台風固有名称化の推進だ。
小難しく考えることなかれ、
要はあの台風を番号で8号とか呼んでるのを
アメリカみたく人の名前にしたら良いのでないか!と想ったわけ。
ちょっと前だけどそのアメリカの台風が女性名だと
みんな油断する傾向がある!なんて話題がニュースで取り上げられていて
思い出したわけだ。
しかし唯、真似して適当に名前を付けても面白くないから
ここは日本の歴史上の人物名を付けたらいいんじゃないか!?
特に戦国武将の名前なんか迫力あるよ。
例えば「台風信玄が明日未明に本州に上陸する恐れがあります」
なんて言ったら可なり凄そうに感じるし、
テレビでもラジオでもネットでもこぞって
その人物について「00年から00年に活躍、~の合戦では~に寝がえり
その後仏門に帰依した、妻は~で子孫は~・・・」
なんて話題が出て学校でも会社でもちょっとした話題になるわ
勉強になるわで好いことだらけに想えるがどうだろう!?
「~年の台風~号は深刻な被害をもたらしました、
あの時の状況に似ています・・・」
なんて言われてもピンとこないしね!
勿論戦国武将に拘る必要もないけどね。
まぁ、やっぱ男の名前がいいんじゃない?
勿論、男尊女卑的な意味で無く。
イサヲ
イオ君の唄

本来、動物には「愛」が宿っているのだけど
野生の世界などでは「愛」の存在が時に邪魔になるため、
感情に蓋をして種の保存に専念しているのだと想う。
この「愛」は慈愛や親子愛や恋愛等いわゆる愛情を指す。
しかし、そういう動物でも人間と生活を共にし
捕食やら身の安全やらに対する不安がなくなると、
本来の「愛」の感情が目を覚まし
それが信頼という形になり人間と動物の言葉の壁を
乗り越えた結び付きになる、と想う。
それは犬・猫のペットに限らず
牛や馬・豚など家畜にだって備わっている。
これはペットに愛情を傾けた人には頷いてもらえるはずである。
我が家では最大5匹の猫たちが暮らしていたが
現在はチュッチュ一匹になってしまった。
イオ君はチュッチュのお兄さんだが
24年10月28日に17歳で旅立った。
イオ君は生まれた時からあらゆる意味でぱんぱんで
よく食べ、よく寝、よく喋り、走り回り・・・
その体は妻はじめ我が家みんなの愛情で
いつもぱんぱんだったのだ。
イオ君の愛の音楽が奏でる和音は確実に
われわれに響いていた。
彼と共有した時間・空間・精神の融合は
美しい真実としてその姿が無くなったとしても
われわれの心に常に根ざしている。
先日の下北でのライブで妻が歌ったのはそういう事だと想う。
Karman イサヲ
new wave generation
ゲルドフは間違いなくティーンエイジの俺をヒットした。
それまでの俺のヒットチューンはストーンズ・ビートルズ・
ツェぺリン・クィーン等々・・・
皆、後追い的なビックネームばかりだったが
いわゆるジャケ買いで買ったラッツは
当時の俺に斬新な衝撃を与えた!
つまり、それまでの何処か泥臭いブルーズ的呪縛から
解き放たれた(いやいや、実はそんな事はないが兎に角
当時の俺にはその様に感じたのだ)感にあふれ
都会的ファッションにパンクのテイストのそれは
俺を夢中にさせた。
当時は未だミュージックビデオも無いし
一か八かの僅かな小遣いでのギャンブルは
日本では無名のニューフェースのその後の大ヒットを含むアルバムだった。
そして、その後のスキッズやらトーキングヘッズ・ジャパン・二ナハーゲン・・・
への新世界に俺を導いた訳だ。
しつこい様だが間違いなくゲルドフは俺のアイドルだったので
ヘアスタイルやそのファッションを真似たりしたものだった。
そのゲルドフの娘さんが亡くなり悲観に暮れる彼の
ニュースが先日聞こえてきて
そんなこんなの昔を思い出した訳だが、
ダイアモンドスマイルやら以下動画の曲など
世の娘に向けた名曲は彼の思い入れが感じられるだけに
その心中は如何ばかりだろうか?
考えてみれば米での銃乱射事件なんか未だに
しょっちゅう起こるわけで何にも当時と変わってねーな!
K.イサヲ
