舛添都知事の金銭疑惑が底なしの様相を見せており、多くのメディアが連日の様に報じている。内容は論評するにも恥ずかしいような、せこさ加減の数々であり、言わば「せこさのデパート」と呼ぶよりは、「せこさの100円ショップ」とでも言うべきであろう。
今回の事象で、個々の金銭疑惑・疑念はさておいて、幾つか感じるところがある。
一つは、相対論と絶対論という事。舛添氏の当初の対応は、正に木で鼻をくくった如き様子であり、何が悪いのかと、言わば開き直りとも取れる対応であった。香港のメディアの高額外遊費用への質問に対し「香港政庁のトップが安ホテルに泊まったらどう感じるか」と反論したのはその典型である。この背景を考えると、舛添氏の心中には、他の歴代都知事や国会議員等も同様の大名旅行をしているではないかと思いがあったのであろう。その後の国会議員時代の政治資金の私的流用等についても、多かれ少なかれ他の国会議員もやっていることであると、高をくくっていたのであろうと思われる。つまり、比較論で自己の立場を補強していたのであろう。しかし、先の当ブログ(5/13)に記した様に、都民が氏に期待したのは金銭問題で失職した猪瀬前知事とは異なるクリーンな知事であった筈である。舛添氏の過去の発言や著書の中で、繰り返し政治と金の問題を問題視していた言動を信じたから投票したのであろう。その背景への自覚が無かったことが最大の失着であったと思う(そもそも、そんな自覚を持とうともしなかったのかも知れないが.....)。都民・国民は相対論で舛添知事の行動を評価しているのではなく、本人の自覚という絶対論で糾弾しているのである。それに対するに、相対論で乗り切ろうとしている舛添氏の試みは、裏が透けて見えて奏功しないのは明らかだと思う。
二番目は、総選挙を控えている筈の既存政党に何の動きもないことである。政治と金の問題は古くから一向に改善が見られず、問題が起きるたびに市民の政治不信を募らせてきた。今回の舛添問題を受けて、政党として将来へ向けた判りやすい対応策を即刻講じるべきであろう。自民党であれ、民進党であれ、他党に先駆けて具体策を講ずれば、来る総選挙で大きな力となるのは間違いないし、今回選挙権が引き下げられた若年層の政治離れを少しでも食い止めるには有効な手段であろうと思う。現状グレーゾーンを多く内包している政治資金用途については、不問にしておいてでも、今後については政党が自ら所属議員の資金監査を目に見える形で制度化し、可能な限りクリーン化を進めるとすれば大きなアピールポイントとなる筈である。各党共に直近に迫った総選挙への戦略を練っている最中の筈であろう、これだけ連日メディアが取り上げている問題を逆手にとって利用しない手はないと考える次第である。
三つ目は、安保関連法案成立時に話題を集めていたシールズについて。彼らは安保関連法案成立後には「選挙に行こうよ」と盛んに叫んでいたと記憶している。今回の舛添氏の問題は若者の政治離れに繋がる問題であろう。シールズは先に国会前で連日連夜叫んでいた様に、今回は都庁前で同様に拡声器を使ってシュプレヒコールをあげるべきではないか。彼らの中心は都内に在住する大学生と察するが、都政への関心はないのであろうか? とどのつまり、彼らの安保関連法案時の行動は、若者の政治参加とは名ばかりで、単に安倍政権を倒したい一部の大人の勢力に操られていたに過ぎないと思わざるを得ない。そんな輩に寄り添っていた野党党首たちも情けなかったが、シールズについては改めて厳しい視線を浴びせたいと思う。若者の政治参加を唱えるならば、今回は都民として都知事リコールの署名活動に全力を尽くしてみせるべきであろう。
舛添氏の問題は、こまごました事象までも掘り返され、個人的なゴシップ騒ぎの様相となりつつあるが、その背景への考察と、今後の政治風土の改善に繫げなければ、単なる井戸端談義として時間の浪費で終わってしまうと思う。
蛇足となるが、舛添氏が都知事を続けたいと思い、都議会も波風を収めたいと考えるならば、舛添氏が全ての疑惑に対し自身の不徳のなすところであったと認め、残る任期中は一点の曇りも無い透明性を約束し、反省を込めて1年間は無報酬で都民の為に尽くしますと宣言することしか手はないと思う。
2016/5/26 16:00