ニュースの直感:新国立競技場計画見直し | フェディのブログ

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迷走していた国立競技場の計画見直しが決まったようだ。


一連の関係者の発言を耳目にするにつけ、いったい誰が責任を持っているのかが全く判らない様相であった。極めつけは昨日の安藤忠雄氏の会見で、氏には今回の案を候補の中から選択決定した委員長としての責任が明らかにあった筈であるが、会見ではおよそ他人事のような言い方に終始し、統括する責任者が不明確なのに乗じて、批判の矛先から逃げたとしか見えなかった。しかし、冷静に見れば選考時には1300億円という建設予算も条件提示されていたのであり、安藤氏はいやしくも建築家として参画していたのであるから、コストの実現性についてしっかりとした見解を示すべきであったと思う。今更犯人探しをしても詮無いことではあるが、報道を見る限り一番罪深いのは安藤氏であったと感じた。



また、責任の所在が不明となってしまったことのルーツを考えると、決定するまでの経緯で当時の民主党政権の場当たり的運営、当事者能力の欠如も大きかったと見える。選考委員会で案を決定するまでの3回の会合での議論が非公開で行われ、情報開示していなかったことで、外部の目が届かずに結論だけが出てきた訳で、巨額の税金を投入する事業としてお粗末極まりない政府の運営であったと言える。



今更、民主党政権の駄目さ加減を指摘しても、言うほうの唇が寒くなるだけなので、敢えてそこを避けて今回の迷走の原因を考えると、前回の招致活動で敗れたことが根底にあったのではないかと思う。つまり、前回はコンパクトな五輪を掲げて立候補して敗れたために、今回は目玉となるメインスタジアムを前面にアピールしようという意図が強く働いたのではないか。そう考えれば、あの奇天烈なデザインを採用した理由も、納得はしないが判る気がする。更に加えて、再度の立候補に勝算は見込めないと踏んで、どうせ落選するなら建設コスト等々の詳細を詰めることもなかろうと、高をくくっていたのではないか。それならば、あれだけの専門家他大勢の人間が関わった事案で、とんでもない建設コスト差を(敢えて)見過ごした理由も腑に落ちる。



何れにしろ、今回の騒動は日本の行政能力の劣化を露わにした事案であると思う。安倍首相がJapan is backと高らかに宣言したものの、足元でこの醜態では言行不一致とのそしりは免れまい。メディアも犯人探しはいい加減に止めて、計画予算内で収まる新たな代案を国の総力で実現するよう前向きな報道に転換して欲しいものである。

                            2015/7/17 24:00