福井地裁が高浜原発の再稼動差し止めの仮処分を決定した。
福島の事故以来、国民の不安感が増大したのは事実であろうが、今回の判決には大きな疑問を持たざるを得ない。これまでの事故調の調査や、それを踏まえて行政庁がどれだけ心血を注いで安全性についての論議を重ね、それこそ過大とも言える想定地震への備えを再稼動の条件として設定したのか、多くの関係者が4年余努力してきたことが、たった一つの地裁の裁判官の判断で無に帰することは有ってはならないことと思う。政府は控訴し争う姿勢であるが、当然のことであろう。
これまでの原発の議論を見聞してきて、一つの視点が欠けていると感じている。それは、科学の進歩への期待と信頼である。原発反対派は、小泉元首相を含め (氏が本気で言っているのか否かは判断できないが…) 使用済み核燃料の処理もできていないのに、再稼動することで更に放射性廃棄物が蓄蔵されてしまうと言い募っている。しかし、現状でも既に処理が必要な廃棄物は厳然として存在している訳で、仮に原発全廃となった場合、その処分を誰が考えるのであろうか。
言うまでもなく、科学技術は進歩し続けるものであり、そのためには英知を結集することも重要である。原発に将来が無くなれば、その技術開発に携わろうとする人はいなくなってしまう。少なくとも優秀な人材は忌避するであろう。原発輸出の是非はともかくとしても、日本が原発技術で世界の先端にあったことは確かなことである。これまで長年にわたり技術開発に携わってきた多くの技術者のためにも、貴重な技術資産を無に帰することはあってはならないと思うし、事故を経験した国であるからこそ、より安全で廃棄物処理を含めたより良い原発システムを世界に先駆けて確立するのが勤めであろうと考える。
今回の判決で、日本から原発を無くせると狂喜する一部の人もいるようであるが、私にはその感覚は理解できない。反原発は福島の事故の遥か以前から、一部の政治運動として連綿と続いてきていた。それが事故により、にわかに勢いを得て、地域住民の不安を煽りたて運動を活発化させているのではないかと見えてしまう。
原発再稼動には多くの論点があるが、私の一番の疑問点は、科学技術の進歩への信頼をどう考えるべきかということである。
蛇足ではあるが、生活者として言えば、現在は異常な安値となっている原油価格が反騰した際に電気料金が数倍に跳ね上がることも大いに危惧している。その時には、再稼動反対派の人々は絶対に文句は言って欲しくない。値上げを歓迎するデモでも、国会前での座り込みテント設営でも是非やって欲しいものである。
2015/4/16 21:00