ニュースの直感:東京オリンピック会場計画見直し | フェディのブログ

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舛添都知事が東京オリンピックの会場計画の見直しを表明した。
オリンピックが商業主義となったのは1984年のロサンゼルスオリンピックと言われているが、30年経ってもその流れは変わっていない。そもそもオリンピックはアマチュアの大会であり、プロの集うサッカーワールドカップやプロ野球、プロゴルフ等とは異なる筈である。アマチュアの大会に莫大な資金が投入されるというのは競技するアスリート達にとって決して望ましいことではない。競技によっては国の助成金等も少なく、トレーニングや競技会の遠征に自費を投入しているケースが多いと思うが、そんな選手が莫大な資金が動いている舞台で必死にプレーする事は、言わば無給でブロードウェーのステージで踊っているようなものである。観客の支払ったチケット代は全てスポンサーが回収するわけで、その根拠は宣伝や舞台装置にかかった費用の回収と企業として必要な利益確保である。踊っているダンサーは単なる客寄せの道具と言っても良いであろう。このような情況下で真のアマチュアリズムが育まれるであろうか? オリンピックで名を上げてスポンサーを獲得しようとか、選手自身が商業主義的な目的を、意識するか否かを問わず持ってしまうのではないか。

確かに、恵まれた競技環境で持てる力を出し切ってもらうことは必要であるが、近年の商業主義オリンピックは華美な施設を競っており、競技環境整備の域を遥かに超えている。2020東京オリンピックの新国立競技場の当初案もその典型である。何でも派手好みの最近の中国ではあるまいし、巨大な宇宙基地のような外観は東京にはそぐわないし、日本の伝統美とは相容れないものである。舛添知事の見直し判断はまっとうなもので、拍手を送りたい。

更に言えば、新国立競技場の見直しのみならず、オリンピックの根本のありかたから見直して、商業主義から脱するという将来へ向けた方向付けをする大会にすると宣言して欲しいものである。日本が世界に誇れるものの一つはカルチャーであろう。西欧資本主義に裏打ちされた商業主義から脱し、日本の質素・簡素な美意識に裏付けられた新たな方向付けを提案して欲しいものである。