親が何を言ったかよりも何をどうしたか(2002年6月2日家庭教師田口の視点3ページ目) | febmarのブログ

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前々回の「2、子供に、できるだけ家族のスケジュールを早めに、詳しく伝えようとしてますか。yes かnoでお答えください」について、私のコメントをいたします。
 上のどこかでも述べたように、スケジュールに対する感覚は、とても大事です。したがって、親御さんは、早めにスケジュールを本人に伝えて、しかもそれをころころ変えない、ということを心がけたほうがよいように思います。私がだらしないから、子もだらしないの、と平然と(?)おっしゃるお母さんもいらっしゃいますが、あるいは、子供に言うと、いろいろ聞いてくるのでうるさいからスケジュールは事前に教えたくない、とおっしゃるお母さんもいらっしゃいますが、こういうことにあまり手を抜かないほうがいいのではないかと思います。親の背を見て育つといいますが、子供の行動は、親が何を言ったかよりも、親が何をどうしたかに大きな影響を受けるようです。
 私たち家庭教師の仕事のひとつは、勉強がわからないとか楽しくないとかいう子に、勉強の楽しさ、面白さを伝えることで、これはとても大事なことだと思うのですが、そしてこれも通常そう難しいことでもないのですが、ただ、勉強というものは、通常期限があり、いつまでにどこそこをマスターしなくてはならない、少なくとも、学校では、定期的にそれを確認するテストがあって、そこそこの点数で、それをクリアーすることを求められ、それでもって能力を評価される、という側面があります。どうしても、人から、あるいは、システムから、強制されるという側面をもつわけで、これに難なく適応する子と、うまく適応できない子とでは、最終的に大きな学力差が出てしまいます。ある高校生で、大学受験間際で、突然私が教えることになったので、これは大変と、一回に4時間教えてもいいかと聞いたところ、がんばってみるといったので、教え始めたら、せいぜい3時間がいいところとわかった子がいました。もちろん3時間ぶっ続けですが、私の教え方をもってしてもと、ちょっと悔しい気分でした。小学校のときは、とても頭のよい子だったそうです。おそらく、彼を、小学生のときに教えたら、まったく抵抗なく、4時間教えられたと思います。なぜなら、私が教えてきた小学生は、彼の弟も含め、ほとんど誰もそれを苦にしていないし、していなかったからです。幸い、彼は志望校にすれすれ合格をしましたが、私としては、ひやひやものでしたし、今も彼は、大学で、勉強の点では苦労しているみたいです。中学から高校にかけて、ほとんど机に向かったことがなかったという習慣が災いしたのでしょう。小学生よりも高校生のほうが辛抱がきかないというのは不思議な感じですが、どうもこういうことはよく経験するところです。同じ兄弟でも、弟のほうが、長時間集中できたりとか、、、。一方で、きわめて集中力の高い、スケジュール感覚のしっかりした高校生もいて、こういう、学習習慣みたいなものは、時間がたつにつれて大きな差になって現れるもののようです。
 これからいえることは、勉強する癖を、あるいはスケジュールを守る癖を知らないうちに身につけている子は強いですし、その逆のことも言えるということです。ただし、注意していただきたいのは、勉強しているように見えて勉強していない子もたくさんいるということです。これに関しては、(2002年4月29日(2ページ目)で触れていますので、そちらを参照していただければと思います(私の本では、「勉強のうわすべり現象」としてさらに詳述していますが)。
 先日も中間テストで、ほとんど全科目5点から10点くらいしか取れなかった高校生が、平均して50点前後をとったというのを経験しました。もちろん私に家庭教師を変えてからです。彼いわく「何よりもテストを埋められたのがうれしい」と。特に物理ではトップクラスにまで達しました。前にもどこかで申し上げたように、中間、期末で成績を上げることは私にとって難しいことではありません。ただ、それで満足するのも、私の主義ではありません。いい点を取って、結果を出したと判断されて喜ばれるご両親もいますが、私にとっては道半ばで、むしろ「登山の入り口に立った」気分です。なぜ、彼あるいは彼女がよい点を取れずにいたか、にもメスを入れ、その行動に変化をもたらす必要がある場合、これにも取り組んでいかなくてはいけないとも思っています。なぜその子が「左手」であって、「右手」になれないのか((2002年3月14日(1ページ目)参照)、このあたりもしっかり、ともに考えていく必要があると思います。もとより、個々人によりそのアプローチはまったく異なるわけですが、最終的な目線をそのあたりにすえておくことはとても大事なことだとも思います。