2015年12月1日に退院。自宅での療養生活が始まりました。
ここからは自宅療養の中での様々なことを書いてみたいと思います。

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入院中から気になっていたこと、それは自動車が運転できるかということでした、仕事には自動車が運転できることが必須です。できなければ多くのお客様のところに訪問するための手段がなくなります。

脳疾患があった場合、運転前に適性検査を受けなくてはいけません。もちろん警察と病院の情報が直結してはいません。なので病歴がわかるということはありません。しらばっくれて運転してもバレないのかもしれません。

でも万が一事故を起こしてしまった場合、その責任は大きくなります。病気だから仕方がない、そのようなことにはなりません。

そんなことは当然知っていますので、2016年の2月のある日に免許センターへ行きました。

事前に病院には診断書を書いてもらいます。警察にはそういうとき用の診断書の、フォーマットが用意されています。

免許センターで適性検査を受けることになりました。運転シュミレーターを操作、目の前の画像のあちこちに点が出るので、そうしたらクランクションを鳴らす。

そんな仕組みでした。

時間にして10分くらいだったでしょうか。信じられないくらいの疲労感がありました。

結果はすぐに出ました。
担当官が申し訳なさげに言います。

「ダメだね」

脳梗塞による後遺症、右の同名半盲の影響でした。
4月にいつ出頭するかの文書が届くと言われました。それまで免許は保持しているものの、絶対に運転しないように念を押され。

4月になり書類が届きました。免許取消の通告と呼び出しの文書でした。

正直いうと私は、今回の免許取消は高齢者の免許返納に近いものだと思っていました。

でも違いました。道路交通法の規定による免許取消処分。限りなく交通違反者の免許取消と近いものでした。

事実4月の指定日に免許センターに行くと、免許取消処分を受ける人がたくさん。本来は私もその人たちと同室でその説明を受けるのだそうです。

ただ担当の方が気を使い、そのような人とは別の時間帯にしてくれはしましたが。

免許がなくなった後、運転履歴証明書を貰い、身分証明書にしようと思っていました。

しかし今回は免許の自主的な返納ではなくあくまでも取消処分。それはできないとの説明でした。

こうして私は自動車運転免許と写真が入った身分証明書を失いました。
あまりにも切なく、あまりにも哀しい。そんな映画作品に出会いました。

この世界の片隅に。

昨年公開から口コミでどんどんその評判が広がって、多くの人を感動の渦に巻き込んでいる作品です。

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戦争。今の私たちには現実味のないことです。でもたった72年前まで、この国は戦の最中にいました。

でもそんな時代でも幸せな日々の暮らしがあり、笑顔もある。その姿が丹念に描かれています。

でもその時間は不意に破られる現実。数センチ先に機銃の銃弾が撃ち込まれる。さっきまで笑顔でいた人がいなくなる。大好きだったことが奪われる。

丹念に描かれた幸せとの落差が大きすぎて、映画の中の話なのに、心の中で整理できない。そんな感じでした。

もちろん涙も出たのですが、それ以上に呆然として。

作品を鑑賞してから数時間経っていますが、心の中で様々なものが渦巻いています。

人の歴史が始まって以来、戦がない時代は存在しないと言っても過言ではないほど、世界中で戦争は起きています。

そしてそれは、戦地で戦うというだけでなく、普通の人の普通の幸せを奪っていく。

この作品はその現実を改めて私たちの前に突きつけています。

太平洋戦争では330万人が犠牲になったそうです。その中で戦闘に参加していなかった人の犠牲は110万人。

歴史の教科書には数字が書いてありますが、その全ての人に家族がいて、幸せな日々があり、たくさんの笑顔があったわけです。

その現実を改めて突きつけられた時、胸が締め付けられまさ。

この作品、今日も満員に近いくらいのお客様が入っていました。おそらくこれからも観る人は増えていくと思います。

本当にたくさんの人に見て欲しい。
そして今の自分たちの暮らしがあることの素晴らしさを再認識して欲しい。

そう思います。

最後にこの作品の予告編を貼っておきます。



今年の初め、ある宅配業者と揉めていました。年末に注文したあるものが年明けに届くはずでした。しかし予定日になって数日経っても届かなかったからです。

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写真は記事とは関係ありません。

その会社は年末年始の荷物量にパンクし、中継センターでトラックから荷物を下ろせない状況になっていました。

本社にクレームの連絡を入れたのですが、その後連絡してくるのは営業所の人ばかり。様々な制度を本社は決めて、後は現場に丸投げ。

そんな状況がよく見えた出来事でした。

車はあるけどドライバーはいない。運送業者を訪問すると、トラックが余っています。ドライバーがいないのです。

ドライバー不足、そして高齢化。そこに通販による小口荷物の増加。厳しくなるのは見えていました。

そんななかこんな報道。


正直当然だと思うんです。例えば20時から21時の届け時間指定。僕もこれを指定することは多いですが、時間を広げれば、配達員の方の余裕ができる。また、集配から配達までの時間により、金額差をつけてもいいわけです。

不在で再配達の時には別料金、なんてことも検討されている模様。これも必要なんでしょうね。

私の場合実家から野菜とかを送ってくれることがあります。これがとにかく重いのです。玄関から部屋まで今の私には持ってこれず、息子に助けてもらうくらい。

それを4階まで階段で上がって持ってきてくれる配達員さん。しかも女性だったりします。

再配達になることを避けるために事前に届く日時は調節していますし、それでもダメなら事前に日時変更をしています。

今回はメールで連絡が来た荷物が時間指定ではなかったこと、今日はどう考えても受け取れないために、コンビニ受け取りに変更しました。

こういう細かいことはヤマト運輸くらいしかできないのですが、可能な限りその様にしています。

少しでも配達員の方が、余計な負担なくより良いサービスを提供できる様、自分でできる範囲のことはやっておきたいと思っています。

何年も前からホームページ作成や管理はやってきています。息子が所属しているラグビークラブのホームページ管理とか。

でも毎回苦労していたのですが、今は簡単になったのですね。
というわけでこんなホームページを作ってみました。
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日頃からお世話になっているカフェのホームページです。
jimdoというスペースで提供している仕組みで作りました。

お世話になっているミュージシャンや、友人がこれを使っていたので試してみたのですが。

これ、想像以上に簡単です。タイトルや写真、記事の構築がほとんど感覚的にできます。

こんなに簡単でいいのだろうかと不安になるくらい。

しかもありがたいことがあります。最近はホームページをスマホやタブレットで縦にしてみることがあるじゃないですか。

その時は自動的に変換してくれます。例えば横に並べた動画を縦に配置したりして。

スマホ用に別にホームページを作る必要がありません。

ホームページはこれまで、ホームページビルダーを使って作ったこともありますし、wordpressを使っていたこともあるのですが、難しくて。

毎回イライラしながら作ったり更新したりしてきました。

これからはその必要がない。
ありがたい話です。

色々御託を並べましたが、まずは見てください。
アドレスはこちらです。


下の方にjimdoへのリンクも付いてますので、そちらもご覧ください。

あるイベントで会ったIT会社の社長は、「うちもjimdo使っているんですよ」とおっしゃっていました。

今やプロでも使っているんですね。
今回は無料プログラムを使っていますが、有料のものを使うと色々可能性が出ると思います。

ぜひお試しあれ。
入院してから3週間過ぎた頃、ずっと付いていた点滴がついに外れました。
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このおかげで気持ちはかなり楽になりました。隊員が見えてくるからです。
しかしひとつの不安もありました。

これまで歩行時には点滴の棒が常にありました。杖の代わりに使っていたのです。談話室までは、とにかく歩かなければなりません。

廊下にある手すりに時々つかまりながら、歩行練習を繰り返していました。

リハビリも最終段階に入りました。私の家は階段で上がる4階にあります。これを登らなければ帰宅できません。

病院内の階段を使い、リハビリの先生に付き添ってもらいながら、階段の昇り降りを練習しました。登るのはなんとかなりそう。でも降りるのはむちゃくちゃ怖い。この感覚は1年以上過ぎた今でも残っています。

これまで検査などに行くときは車椅子に乗っていました。それも看護師さんの付き添いつきながら、歩いて行く様になっていました。

程なく退院の日が12月1日と決まりました。倒れてから1ヶ月弱。ようやく娑婆に戻れます。

しかし大きな不安も残りました。心臓にある血栓がまだ残っているのです。2センチ×1センチ×1センチのサイズで。

これが飛ぶと脳梗塞再発の恐れがあります。心筋梗塞を起こして突然死するリスクもあります。

そのため当面は自宅静養をする様にというのが病院の指示でした。
当然仕事復帰できるはずがありません。

階段での練習は重ねましたが、本当に大丈夫なのかと不安もあります。

この段階で残っていた障害はこんな感じです。

まずは右手。文字は思う様に書けません。
右足はまだ伸ばせる様にはなっていません。歩く時は足を引きずった状態です。

当然走れません。

言葉はだいぶ元に戻っていました。時々舌がもつれることはありますが、日常生活にはあまり支障はありません。

不安だったのは目の障害。右の同名半盲と診断されていました。視野が欠けるのです。前にも書きましたが、指を左から右に動かすと、時々消えてしまいます。そのため読書には苦労しました。

これらの症状が自宅に戻った時どんな影響を及ぼすのか。想像すらできませんでした。

様々な不安を抱えながら、12月1日に退院。自宅に戻りました。