今思えば、こんな私も偉そうに

 

アシスタントリーダーとして指示を出していた。

 

基本土・日は予約がびっしり詰まるので、

 

いかにスムーズな流れが作れるかなんて、考えるのが楽しかったし、

 

オーナーのヘルプにつくのが一番楽しかった。

 

早すぎてもダメ、遅くても詰まらせてしまう、

 

アシスタントとしての達成感を味合わせてくれて

 

オーナーも合わせてくれていたんだろうけど、阿吽の呼吸ってやつか、

 

よくかみ合うやりとりが楽しかった。

 

 

先輩がアシスタントに居た時は、入りたくないスタイリストを見事にすり抜けて

 

 

私が慌てて立て続けにシャンプーする事になったりしていて

 

「なんで!!!泣」

 

って思ったりしたけど、

 

 

先輩にシャンプー入るのが遅れると怒られる方が恐かったから、おとなしく入っていた。

 

 

 

1日の終わりにはよくアシスタント会議なるものが開催されて、

 

「今日のここはなんで待たせてしまうことになったのか」

 

という確認作業をお店の目の前のサイゼリアで話し合っていた。

 

ミラノ風ドリアとコーヒーゼリーが定番になって、

 

頼みすぎて(?)か、

 

「コーヒーゼリーがまだ固まっていません」なんて言われてしまう事もあった。

 

それだけでも大爆笑だったけど、この3人組は恋愛の話でもたくさん盛り上がって

 

よくよく、笑ってた。

 

 

 

 

 

同い年のスタッフが3人になった時、一度だけ、

 

仕事終わりの月曜の夜発→火曜日→水曜の朝帰ってそのまま仕事

 

 

と、かなり弾丸の京都ツアーを試みたことがあった。

 

 

 

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みんな眠いし丸い。w

 

朝家に帰ってシャワー浴びて、15分も無い睡眠時間だったので、

 

もう、営業中眠くて眠くて仕方ない。。

 

 

シャンプーしてると、自分も気持ちよくなってウトウトしたこともあったし

 

 

 

いつ誰が来ても良いように受付で待ち構えてるんだけど、

 

 

道路の車の流れ見てるだけで眠くなってきちゃって

 

 

ウトウトしてたことも、あったかな。w

 

 

しかもスタッフとしゃべってたのにも関わらず(笑)

 

 

 

 

そんな時間も含めてアシスタント時代は、

 

 

ハゲるくらい悩んだこともあったけど

 

同じくらいお店で笑って

 

 

スタッフと遊びに行って

 

 

人にめちゃくちゃ恵まれてたGlassのアシスタント時代。

 

 

この時に経験した辛いことは、今思えば、本当によかった。

 

 

ここに辿り着けてたおかげできっと少しでも

 

誰かの役に立てたこともあったと思う。(自称)

 

 

 

誰が、どう思うか受け取られ方にビビって壁作るんじゃなくて

 

もっとベースはポジティブで、

 

 

 

誰がどう思うかより、自分が素直にどんな風にここで一緒に過ごしたいか

 

 

仕事だろうが、家庭だろうが、友達とだろうが、

 

それはいつでも一緒。

 

そりゃみんなバイバイした時に

 

『楽しい』って記憶の方が気持ちがいい。

 

 

 

アシスタントって仕事は

 

ただ先輩の気分を伺うためにするヘルプじゃないし、

 

言われたことを作業することでもない。

 

 

 

日々流れるように過ぎてく中で見つけて欲しいのは、

 

技術の成長はもちろん、

 

 

自分にしか表現できない喜ばせ方とか

 

ゆったりくつろげる時間だったりとか

 

自分なりの本の出し方だったりとか

 

自分なりの思いやれるヘルプだったりとか、

 

自分なりの言葉のかけ方、選び方だったりとか、

 

 

それが繰り返して自然に出せちゃう様な癖にする訓練、だと思っている。

 

 

自分にはいい部分もたくさんあるし、

 

ダメだと思うところもたくさんある。

 

 

 

自分を知る

 

 

 

ということで、私は受け入れるのに時間がかかったけど、

 

 

もっと面白い人になりたいって思ってる人間である以上、

 

自分をプロデュースするのにとても大事なこと。

 

目的は違っても、

 

自分達がお父さんになっても、お母さんになっても、

 

そこに対象になる『人』がいる限り

 

自分をプロデュースすることはきっと永遠に続くだろう。

 

 

 

あの時は注意されることにビビってばかりだったけど、

 

“あたたかい”ってこういうこと。

 

伝わり方も伝え方も色々な形があるけれど、

 

愛をもって与えてもらってたなぁと思う。

 

 

とても幸せだったんだな(笑)

 

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アシスタント編はここら辺までにして、次に進も〜〜〜っと!w

 

 

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↓↓↓

アシスタント〜Start Line編〜

 

 

 
 
調子いい自分とは裏腹に、

 

よく泣いて、泣いて、泣いていた(笑)

 

気持ちの浮き沈みが本っっっっ当〜〜〜〜に激しかった。

 

昔から頭痛持ちで、

 

きっとメンタルからくる気持ちの弱さで

 

しょっちゅう早退していた。

 

よく顔が死んでいた。

 

 

 

 

『そんな顔で仕事してるんだったら、帰っていいよ。』

 

そう言われてみて、本当に迷惑になるから、

 

本当に帰ったことがある。

 

 

 

20歳超えたそこそこの自分が家に

 

大号泣して帰ってくるもんだから、

 

母親は

 

 

『どうしたの!!!!!!』

 

 

って、びっくりしていたけど、

 

 

私はこんなことで泣いてる自分が恥ずかしくって

 

 

「な"ん"でもな"い"!!!!!!!!!!怒

 

 

って言って部屋にこもった。

 

 

 

 

 

なんでこんなに自分の気持ちが上がらないのか、分からなかった。

 

 

頭痛や小さいことで怒られて落ち込むことは頻繁にあったけど、

 

 

年に2回、ものすごく強くなるどん底に引きづられる時期があった。

 

 

 

 

 

その時はもう何してもどんな事で気を紛らわせてもどうしようもない。。

 

別にオーナーのせいでもスタッフのせいでもなんでも無い。

 

勝手に落ち込んでいくんだ。

 

 

 

 

だから、自分で自分がめっちゃ怖い。笑

 

 

 

休みの火曜日になったら、

 

何でも無いのに、忙しい日の予約の手順を

 

頭の中でイメージが

 

ぐるぐるぐるぐる.....

 

 

 

ぼーっとしてると勝手に涙出てくるし、

 

 

(あ、ヤバイ、自分が壊れてる)

 

って思って飼ってた犬と外出ようって散歩に出て行っても

 

公園のベンチに座ってるだけ..........犬、ヒマ。笑

 

 

 

なんでこんなに

 

自分てダメだ、自分ってダメだ...

 

ってなるのか分からなかったけど、

 

 

 

あの気持ちが沈んでいきそうになる感覚はだんだん覚えてくるから、

 

(あっまた来た!またヤバイやつ来たっっ!!)

 

って気付いては、何とか誤魔化そうかと思って

 

友達と朝までボーリング行きまくったり

 

カラオケ行きまくったり

 

休みの日はキャッチボールやサッカーして

 

たくさん笑って気持ちが落ちないように何とか引き上げてた。

 

 

 

 

その時、一緒にたくさん笑わせてくれてた友達には、

 

もう本当に、本っ当に、感謝。

 

 

友達がいてくれて本当に良かった。

 

 

笑える場所があって、本当に良かった。

 

 

いつもいつも、救われた。

 

 

でも、落ち込んでるだけじゃなくて、

 

ちゃんとその場所を探せたことも今思えば良かったのかな。

 

 

それはもうスタイリストになる直前。

 

 

きっと何が正しくて何が間違えてて、自分って何者なのか、

 

スタイリストになって支持してもらえる不安とか、

 

満足してもらえる時間をプロデュースできるのかとか、

 

すべての漠然とした不安や葛藤が、

 

そんな自分にしたんだろう。

 

 

でも、大丈夫。

 

 

スタイリストになってしばらく経つと、

 

それどころじゃなくなって、気持ちの波もコントロールできるようになってきた。

 

 

そして、やるしかなくなっていった。

 

 

その時の自分は、

 

 

覚悟の決め方を、腹のくくり方を、

 

 

 

一生懸命受け入れようと頑張って向き合っていたんだろう。

 

 

 

 

アシスタントの時にオーナーとの記録日記を

 

真面目に書いていてよかった。

 

 

ちゃんと向き合ってアシスタントについていると、

 

お客さんはいつも私に教えてくれる。

 

その中の印象的な言葉、

 

 

 

“辛いことも幸せなことも、その人自身の心や考え方とか、

 

 

等身大のことしか与えられない。

 

 

だから、どんなに辛いことが自分にふりかかったとしても、

 

 

それは自分に見合った壁で、決して乗り越えられないものじゃない”

 

(左下)

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ブロッコリーに入ったばかりの時にも、母親にもらった言葉。

 

 

『置かれた場所で咲きなさい』

 

 

おかげさまで

 

それは今でも、ブレそうになる自分の心を静める度に

 

ここに重きを置けてきている“今”がちゃんとあるんじゃないかなって思う。

 

 

美容師12年、今の自分に至るまでを記録してます。


始まりはココカラ↓

アシスタント〜Start Line編〜






 

スタイリストがいつ、何で目で合図送ってくるか分からなかったから、

 

『何を求めてるんだろう』

 

って事に気づくのに目を離すことは出来なかった。

 

 

それに気づけないとめっちゃ怒られるし、

 

それはスタイリストにだけじゃなく、お客さんがくつろいでる時にも

 

私のセンサーはバシバシ働いていた。

 

でも、基本何か出来たら安心してすぐボケっとしちゃうから、

 

ふと気がぬけた時に

 

先輩が先に気づいて行動してると

 

先越された事にめちゃくちゃムカついた。(笑)

 

 


こんな真面目なアシスタントを過ごしていた日々の中で、

 

いつも「眠い」とか「帰りたい〜」とか「ともかさん仕事楽しい?」とか言ってくる、

 

だけどいつも笑わせてくれてたK先輩がいた。

 

 

鏡から映らないところで私がスタイリストを見守ってると、


 

その先輩が音楽に合わせて見えない所でマイケルジャクソンのダンスを踊って見せてきたり、

 


シャンプー中も無駄にカラーの耳キャップを私の方に置いてきてふざけてくる。

 

 

その先輩やもう一人面倒見てくれていたM先輩2人とは

 

よくカラオケ行ったりご飯連れて行ってもらったり、

 

冬は毎週のようにスノボー三昧だったり、

 

そういえば...と、思うくらい同期が居ない心細さも

 

どっかに吹っ飛んでいた。

 

 

 

そうしてる間にスタッフはみるみるうちに増えていき、

 

6人目のスタッフとして入った私の後に、気付いたら1店舗11人のスタッフになっていた。

 

人が入ってくるといつもそわそわする。

 


末っ子の様な気持ちでお店に居たから人が増える事に不安もあったけど、

 

 

一緒に働く人にはいつも恵まれていた。

 

 

入ったスタイリストのうち少し中性的で華奢すぎて心配な、

 

優しい男の人Jさんがいた。

 

笑うとめっちゃ引き笑いだから、ツボに入ると私の方がつられて笑いが止まらなかった。

 

 

 

私自身も、もうその頃にはアシスタントとしてメインで回してるって自信もついた頃。

 

『トモカさんはいつスタイリストになるの?』

 

と、オーナーからも急かされていたので、

 

 

 

そんな中、人数も増えたもんだから

 

気持ちは焦っていたし、自分のスタイリストに近いイメージも膨らませていた。

 

 

だから尚更、そのスタイリストJさんにムカついたことがあった。

 

 

何って、Jさんにアシスタントの扱いを雑にされたことに頭きて、

 

Jさん、ちょっといいですか?」

 

って(なぜかオーナーに呼び出されてた口調で)その先輩を呼び立てて、

 

「私らの事なんだと思ってるんですか?

 

アシスタントにだってちゃんとお客さんに対して思いがあって対応してるんです。

 

さっきのあれは無くないですか?

 

あれじゃあアシスタントはただの雑用じゃないっすか怒(怒)」

 

 

渾身の怒りを爆発させた。

 

 

自分の方がお店を知っていたし、

 

 

来てくれてる人が大切だって気持ちでは誰にも負けない!なんて

 

 

思っていたから言えた言葉だ。

 

 

今思えばまだお店の空間にも慣れてないそのJさんは、

 

このクソ生意気な私に対してどう答えたらいいかも分からなかっただろう。

 

 

 

だし、店に入ったばかりで慣れようとすることにも精一杯だったはずだ。

 

 

 

 

しかし優しかったその先輩は、

 

まだスタイリストになっていない年下に言われたにもかかわらず、

 

言い合いはしたものの、最終的には『ごめんね。』

 

 

って、受け止めた言葉で謝ってくれた。

 

 

 

その時は気付かなかったけど、

 

中途で入ってくるしんどさも、ある。

 

 

同じようなことを逆の立場になって経験する時に人って気付くもんなんだ。

 

 

 

Jさん、ごめんなさい、そしてありがとうございます。

 

 

自分の居場所を作ることがこんなに苦しかったとは、

 

その頃思いもよりませんでした。

 

 

あの時私にはそんな風に思いやれる余裕が無かったです。


今だったら誰よりもそこに気を配れると思ってます。



 

あと、みんなでスノボに行った時、

 

「通しませんよ〜〜〜っ」とか言って


トイレに行きたい私の邪魔をするもんだから、

 

 

背負い投げして道を作ってごめんなさい。

 

 

後ろの方で「J、Jさんんん〜〜〜!汗」って呼んでるあのK先輩の声は未だに忘れない、

 

 

今となっちゃ、いい思い出です。sei

 

 

またJさんの怖い運転で雪山行きたいし、

 

みんなと遊びたいって、いつも思ってます◎



K先輩とJ先輩。