昭和の曲を歌うと、1970年前後で、なんか境目みたいのがあるよね。
戦後の日本のポピュラーミュージックを古い方から追っていくと、敗戦後すぐは、それまでの不自由な窮乏生活の跳ね返りで、ノー天気なドンチャンジャズみたいのがウケた。「ブギウギ」ね。ま、大衆音楽が復活する時に、米軍基地から広がって行ったからね。
そのあと、「古賀メロディー」でまた和風に戻って、それから「ロカビリー」「ベンチャーズ」でエレキブーム、「フラワーチルドレン」でおめでたい感じの音楽の教科書に載る様なフォークが来て、そこらで歌謡界が「グループサウンズ」と言う刺客を送り込んで、対抗して学生たちが「商業音楽じゃない、自分たちで作る」とか言って、実はあんまり作らないでアメリカのフォークの真似して、そこに反戦イデオロギーくっ付けて、初期のフォークが発生しました。
高石ともやさんとか、高田渡さんとか、岡林信康さんとかね。
ホンのチョットだけタイミングずらして、より音楽的に高みを目指すみたいな感じで、吉田拓郎さん(出たッ!)とかが現れました。
「より音楽的に高みを目指す」ってのは、まあ、言い方変えれば、「もっとたくさん売れる音楽を作りたい(こりゃメチャええ商売やで)」と言う事で、ギター一本抱えて反戦フォーク歌ってた頃の「銭金じゃないんだ」って言う「青い」考えより、現実路線に入ったわけです。

そこらへんが1970から80頃で、「ニューミュージック」ですよ。(やったぁ!)
ここで、急に音が「オサレ」になるんですよ。あ、オサレって今でも言う?自信がない。
そうして吉田拓郎さんが反戦フォークと歌謡曲の両方の呪縛を突破して、そこへ、井上陽水さん、荒井由実さん、ロック系では大瀧詠一さん、矢沢の兄貴(バンザイッ!!)たちのそうそうたる面々が登場したんですよ。
私なんかこの激動の時代に多感な思春期を過ごしたわけですから、一生治らない感染症を貰っちまったわけです。
そこからその後のシティ・ポップとかJーpopとかに繋がっていきました。

だけど、どうしてココで急激に「オサレ」になる事が出来たのか?

松任谷由実さんが、メチャクチャ化粧が上手かったから・・・ではありません。いゃ、お上手でしょうけどね。知らんけどね。
私はそこで重要な要素として「ボサノバ」の伝来があったんじゃないかと思うんですよ。難破したブラジル人が種子島に漂着して鹿児島に伝わったのが最初、ではなくて、たぶん、ジャズの渡辺貞夫さんがアメリカで流行ったボサノバをジャズのナンバーとして紹介したってのが最初じゃないかと思います。1966年に「ジャズ&ボッサ」と言うアルバムを出されています。
それでジャズ経由、アメリカ経由のボサノバが大ブームになった訳ですが、ボサノバは元々歌ものが中心ですから、ジャズから来たヤツはボサノバから見ると傍系ですね。

そのブームを見て、敏感なフォーク、ロックのミュージシャン達が、「ボサノバ?歌も歌えてインじゃね?ジャズよりとっつき易そうだし・・・」ってなって、ボサノバのリズムやコードを取り入れて、ニューミュージックになって行った、ってのがその時代に育った私の覚えている感触です。

そこに「裏事情」みたいなモノもある気がします。
ジャズとかブルースなど、合衆国の黒人音楽はリズムがわれわれ日本人には苦手なタイプなんですよね。
最近、ユーチューブでも良く話題になる「バックビート」「アフタービート」ってヤツです。
あれ、上手くできませんよね。黒人じゃないからね、こちとら。

米軍基地が近いからチョイチョイ外人見るけど、歩き方から違うしね。
2拍目と4拍目を強く打つだけじゃ、ああはなりませんからね。

そこ行くとボサノバは、ブラジルだから黒人も入ってんだけど、アフタービートは強くありませんよね。2拍子ですよ、「右、左、右、左」みたいな。
コレがアフタービートが苦手な我々にも欧米風のオサレな音楽が出来る!!って免罪符になったんじゃないかと思います。

って事で、今の日本のポピュラーミュージックにとって、ボサノバは非常に重要な、そしてドンピシャのタイミングで入って来たありがたい音楽だった、と思ってます。

和声ボサノバと言えば、丸山恵子さんの「どうぞこのまま」、荒井由実さんの「あの日にかえりたい」この2曲が二大巨頭みたいな感じですが、私が最初にボサノバを体験したのは、吉田拓郎さんの「雪」でした。 ロックグループの「猫」が歌ったバージョンの方が広まった感じですね。
拓郎バージョンでやりたかったんですがカラオケが見当たらなかったので、「猫」バージョンです。↓

 

んで、コレを弾き語りでやると、当然、ジョアン・ジルベルトばりのボサノバギターでやるかと思いきや↓

 

ぜんぜん違うポリリズム・ズンズンビートになりました。(雪解けるで・・)
私、子供の頃から、日本人には珍しいメンタルで、普通は「周りの人と同じじゃないと不安を感じる」ですけど、私は逆に「周りと同じだと危機感を感じる」変な子供でした。みんなと同じだと「ヤバい、埋もれる」って思うんですよ。
日本社会ではあんまりそう言う事は思わない方が身の為です。
多くの諸外国では、そう言う事も思わないとヤバいみたいです。