田んぼ増設しました。
理由は、ホンモロコの大量産卵を見越して(取らぬモロコの・・・)稚魚の成育場所を増やす為、なんだけど、本音を言うと、もう買いたくないんだよ。コメを。
先ず、地面を掘ります。今回は既にある区画の横に水位調節しやすくする為の補助的な田んぼです。2.5x9mくらいです。
掘って均したら1mくらいの格子状に浅い溝を掘って、水を少し入れるて高低を見ます。水面に合わせて平らにすると簡単です。

均したらシートを敷きます。
本当は専用の「池ライナー」と言うやや厚手のモノが良いのですが、資金が無いので建築で使う「養生シート」を張り合わせて更に二枚重ねて用いました。
これならとても安くつきます。
但し、直射日光が当たると紫外線分解でひと夏でボロボロになるので、土を被せたり防草シートを重ねたりして耐久性を確保します。

泥と水を入れれば立派な水田です。
普通、水田の泥なんて用意できませんね。そんな時は細かい砂でOK。
水貯めてオタマやタニシやメダカやカエルや、生き物の多い環境を作って、イネを植えておけば水田の泥は勝手にできてきます。

今年は「貯水量」をアップする事と、モロコを増やす事、コメを買わない事、を目標にしていますので、出来るだけ田んぼを拡充します。
で、コメを買わない話。
「令和の米騒動」原因は減反政策ではないと見ています。
良い政策とは言えないけど(ホントに良いのは稲作の低コスト化を実現する施策だからね)、アレはアレなりの合理性を持っていた。
何故なら、コメの消費量は下がる一方、そのまま作り続けたらコメ余りで価格暴落、価格暴落すれば生産者離脱、と言う悪循環に陥るからね。
ま、仕方なしに生産量を抑える事で産業崩壊を食い止めていた、って話だよ。
昭和の初め頃には、コメは1反(1000㎡)から300kgくらいしか穫れなかった。
今は550kgくらいだからね。
コメの国内生産量は、昭和初期で約1,000万トン、現在は700万トン
それに対して、国内消費量は、昭和初期1,100万トン、現在700万トン
現在は、生産も消費も水田面積も昭和初期の2/3くらい。
たくさん穫れるようになったのに、あまり食べなくなったから、生産絞って当たり前。絞らないと大暴落する。
思いっきり作りまくって、なおかつ産業を崩壊させないためには、輸出しかない。
けど、日本のコメ生産が特別低コストなわけじゃないから、他国も生産が伸びれば競争力はない。
事実、昔は日本の反収は世界一レベルだったけど、今は、アメリカに負け、中国にも負けている。
だから余程の低コスト技術や多収品種が開発されない限り輸出は無理。しかも世界的に需要が大きいのはインディカ米、日本のジャポニカ米はマイナーな存在。市場は大きくない。つまり売り先がない。
本筋言えばこの「低コスト技術と多収品種」の開発を早期に進めなければならなかったんだけど、戦後の化学農薬、化学肥料、農業機械の急発達で、ソコを進める前に面積当たりの生産量が激増したのと、急激な製造業の発達でソッチに労働力が移動したので、作る方のそれ以上の効率化の目途が立たずに、とりあえず需給バランスを取らないと仕方ないので「減反」した。そして多収品種の開発もやめちゃった(勿論、全く育成していないわけじゃないよ。インディカ系の「タカナリ」は反収800kg行くからね。因みに「タカナリ」の親は両親とも韓国品種、国際協力って大切だよ)。
だから減反政策にもやむを得ない面はあった。
で、今回の「令和の米騒動」、原因は、私が考える合理的に説明できるメカニズムは「中間在庫水準切れ」。
生産は十分あった。消費も伸びてはいなかった(インバウンドなんか1%に満たない)。屑米増加や高温障害は一部のみ(全国の精米歩留まりは低下していない)。
とすれば、説明できるのは「中間在庫水準切れ」としか私には思いつきません。
これ材料調達とか仕入れ発注とかやった事ある人ならピンとくると思うんだけど、工場や生産者に大量に在庫があって、お客さんも増えていないのに、商品が切れる事ってあるよね。
お店の在庫が標準量より下がってるのに見逃して発注しなかった時。
発注していないから商品は来ない、あるいは遅れる。
そんな事にお構いなくお客さんは来る。
時々、コンビニとかでお弁当やパンの棚が空っぽになってるの見た事ない?
そこにある在庫が、消費スピードをカバーできない水準まで下がると、生産側にいくら商品があっても、売り切れが発生するんだよ。
コメの価格が下がり続け、需要も下がり続け、売り上げ利益ともに小さくなれば、流通業者はそれに合わせて在庫も減らすよね。
それが危険水域を切ってると、「地震が来るぞー」みたいな突発事項で瞬間需要が増大すると、プッって切れるんだよ。
で「切れたーッ、令和の米騒動だッ」て騒がれると、更に瞬間需要が爆発して「どこにもない」みたいに見え始める。
だから、その秋にたくさん穫れても値上がりは止まらない。
問題はココから。
米騒動直後の2024年秋も、翌2025年秋も作況は平年並みよりちょっと良い、まあ、豊作。なのについ最近まで米の小売価格は下がらなかった。
マスコミは、「今週のコメ価格は依然高値です」みたいな間抜けな報道しかしない。
オカシイでしょ?モノが良く出来てんのに値段が上がりっぱなしって。
なんで「売り惜しみ、釣り上げ」って言わないのか?
次の新米が以前より沢山出来てるんだから、「値段下げます」ってならないとオカシイよね。
つまり穫れてるコメを市場に出さないようにして、人為的に品薄にして価格維持を続けた、って事です。
勿論、JAとか集荷業者では、高騰した時に高値を付けて買い競っているから、下げると赤字になる。
んじゃ、その辺のスーパーが年末にブリを仕入れた直後に、どっかで物凄い量の大漁が起こって、セリ値が暴落したら、スーパーさんはそのままの値段で売るんですか?って話だよね。
急いで損切りして安く吐き出してしまわないと、傷んで廃棄処分になるか、冷凍庫の保管費用でますます赤字が出るかどっちかだよ。
ソレ以前に、安値の時にサッサと下げなかったら、お客さんが他の店に行くよ。
ところがコメ流通では、「高く仕入れたからギリギリまで高く売ります」が常識って認識なんだろ?
で、消費者は、どこ行っても高いから仕方なく高いのを買う。
すると業者は「売れるんだから、この値段でOK」って高値販売を続ける。
つまり、顧客に損をさせて自分たちは儲けるって体質なんだよ。生産者もJAも問屋もね。
最終的にお金を払う人達に価格決定権を与えていない構造です。
さあ、どうすればいいでしょうか?
「お前らなんかから買ってやらないよ」これが消費者の権利です。
気に入らない奴らからは、買わない。これが自由主義経済の大原則。
だからこそ、生産者、販売業者は顧客第1主義で価格、品質、サービスを極限まで改善しようとする。
それによって、「良いものをより安く」の消費社会を実現してきたわけじゃないですか?
生産者、生産システムについては、もっと別の不合理、理不尽を指摘しなければならないんだけど、それは次回にして、とにかく、正常で合理的な生産→消費の仕組みが機能するには「良くない時には買わない」と言う自由主義経済の大義名分が絶対なんです。
だから、コメなんか、もう買わないよ!!あんなモン自分で作りゃイイんだ。簡単だ。
って事になりました。田んぼ面積拡大中です。