音楽を生業とする、いわゆるプロの人ってどうやってプロになって行くのでしょうか?
私みたいに「アマチュア」にもなった事のない「閉鎖ミュージシャン」「音楽的引きこもり」には、全くチラッと垣間見た事すらない世界です。
ホントに、インターネット、ユーチューブとか無かったら、私なんか一生人前でやる事はなかったハズです。いい時代になりました。

学生の頃に、ジャズやブルースなど黒人音楽ばかり聴いてて、フト思ったんですよ。
アメリカの黒人って、生活水準も高くないし、教育レベルも低かったでしょ?今はそうばかりじゃないですけどね。
プロミュージシャンでも、音楽学校みたいなトコを出てる人なんかほとんどいなかったでしょ?音楽教室みたいなトコだって怪しいものです。
どうやって、技術を身に着けたんだろう?耳コピ?いゃそれだけじゃないやろ・・

たぶん、たぶんですよ。なんかのはずみで「オレ、ミュージシャンになろッ」とか思って、ま、その辺は今の日本でも一緒ですけどね。

楽器を買うか、もらうか、拾うか、盗むかして来て、そんでチョチョッと音出して、飲み屋とかに行って「やらせてください。ギャラいくら?」って潜り込んだんじゃ無いでしょうか?まあ、ダイレクトじゃなくて、知り合いとか、コネたどって行ったりはしたでしょうけどね。
後は、現場で仲間同士で教え合ったり、覚えて行ったり、真似したり、パクったり、しながら、毎日、長時間、同じ事の何千回もの繰り返し、とにかくいっぱいこなさないとメシ食えない。みたいな感じで。何しろネットはおろかテレビもまだかなぁ~?ってくらいの時代ですからね。ラジオとレコードがメディアのすべてだったんじゃないですかね。

 

学生の頃、まだあまり知られてませんでしたけど、大好きで日本で発売されたアルバムは全部買って、大ファンだったハウンドドック・テイラーさん。
たしかそのハウンドドッグ・テイラーさんのレコードのライナーノーツに書いてあったんだと思うけど、日本人の記者さんがシカゴに行って彼のライブを聞きに行ったんだそうです。

狭い階段を地下に降りて行ってね。信じられないくらい狭い店に入ってカウンターに座ったら、ズボンの後ろのポケットの財布をいきなり抜かれるような店、慌てて押さえると、腰の低いオッサンが「ワリイわりい」みたいにヘラヘラ笑って、その奥のクッソ狭いステージでハウンドドッグ・テイラーさんが音だけはクッソでかくて喚くように歌っている。タバコの煙で空気は白く濁り、客はアル中とジャンキーと売春婦しかいない。そんな環境だったそうです。
レコードが売れてメシ食えた様な人じゃありませんからね。レコード出してたけどマイナーレーベルばっかだし、世に知られる様になって、グラミー賞にノミネートされたのは死んだ後だからね。
とにかく、毎日毎日、そんな場所で、繰り返し繰り返し「現場」で演奏して、そうやって出来上がったのがあの強烈な個性的な音楽だったって事です。

今は、ユーチューブがそういう場所なのかもしれない。
幸い、ソコでは、客受けが悪いからって首にはならないし(ギャラもそうそうくれないけど)
ビール瓶やナイフや鉄砲の弾も飛んでこないし
いくらやっても怒られないし(そのうち怒られるかもしれないけど)
間接的にだけどなんとなく現場感はあるし
レスポンスがイマイチ掴みにくいのが難点だけどね。つくづく、いい世の中ですよ。

って訳で、今日も「現場系音楽ユーチューバー」挑戦中です。
いい事考えた💡、カラオケやって、同じ曲を弾き語りもやればインじゃね?
声合わせが一回で済むから効率的?
「知床旅情」森繁久彌さんが最初にリリースしたのは一回目の東京五輪の次の年、私、小学校2年生で、何の気なしに運動場のはずれから外に向かって石投げたら、下が道路で走行中の自動車を直撃!!フロントガラス大破。すぐバレて怒られた頃です。運が悪かったよ、その頃の交通量だったら当てる方が難しいくらいでしたよ。
それを5年後に加藤登紀子さんがリリース、私が聞いたのはそのバージョンで、中一くらいの時、毎日、「頭痛い」と言って保健室行って、保健師のおばちゃんに「梅仁丹」貰って喜んでました。

コレをポリリズムで弾き語りすると・・・・
ワルツでしょう?これ、三拍子にポリで乗ると、

ワン  ツー スリー ワン  ツー スリー ワン  ツー スリー 
ワンー   ツー   ワンー   ツー   ワンー   ツー  
????????なんじゃこりゃ
ま、いいや、コチラ↓

なんとか「手元見ないお約束」は守ってますが、まだチョイチョイやらかすね。
でも、本人的には、「なんか「出来るヤツ」感がでてきた」で、達成感アリアリ、皆さんも練習に取り入れてみてください、楽しいですよ。