ログハウスの前に生えている栗の木一本からこんなにたくさんの栗が穫れました。
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15kgありました。「カチグリ」にしてパリパリに乾燥させても10kgありました。
イガの重さは計っていませんが、乾燥重量ならクリの半分くらいは有ると思います。
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暖冬なので栗の実が落ちた後もしばらくは葉っぱは落ちませんでしたが、さすがに師走となると風が吹くたびパラパラと舞い散ります。
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集めてみるとこんなにありました。
斜面に落ちたのは面倒くさいので下の方に集まってカサが減ってから取る事にしました。
ですからこれで半分です。
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フカフカなので、分解して腐植土になった時は1/10以下に減ると思いますが、毎年、毎年ですから、この落ち葉の働きは大きなものが有ると思います。
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10キロの炭水化物と大量の有機物であるイガと枯れ葉、毎年これらを供給しながら育って行く「栗の木」は、環境を構築する大きな力となっているでしょう。

「栗の木」だけではありません。他の「ナラ」や「クヌギ」の様な落葉樹も、「カシ」や「クス」や「ツバキ」の様な照葉樹も、みんな生育と同時に環境に大きな生産物をもたらします。

長い間、我々は「貨幣価値がない」と言って「山」の恵みをないがしろにして来ました。
しかし、長い歴史を見ると、日本文化はマサに「山」に支えられて発達してきた、と言っても過言ではありません。
「山」の事を忘れたのは、ほんの数十年間に過ぎません。
そろそろ、思い出さなければならない時期ですね。



わんぱくクロニャは毎日師匠のチビタに怒られながらも、元気に成長しています。