所謂、福岡正信氏の四原則(無農薬、無肥料、不耕起、無除草)によって定義される自然農法は、未だ、そのメカニズムが明らかにされていません。

近年、DNA分析により微生物の同定が可能となった為か、植物と共生する微生物や、土壌中で様々な働きをする微生物の存在が明らかになりつつあり、自然農法はそれらの微生物の存在と大きな関係を持っている事が推測されています。

しかし、哺乳類からウイルスまで、無数の生き物達により構成されている自然界での出来事を、分析的に明らかにする事は、ロジックとして非常に難しいと思います。

単純に、〇〇と△△を合わせれば□□が出来る、と言うような理屈では説明できないのではないでしょうか?
コンピュータの発達により、複雑に絡み合った多くの要因から、どの様な結果がもたらされるかをシュミレーションする事が可能となったとしても、その知見を即座に現場での栽培作業に反映させる事が出来るものか、チョット不安です。
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野良生えした「サパァジィド南瓜」



どうして「無農薬、無肥料、不耕起、無除草」で栽培が可能なのか?
中でも、無農薬や不耕起、無除草はともかくとして、何故「無肥料」で作物が育つのかは最大の謎でした。
もし事実だとしたら、もっと分かり易い解釈は出来ないものか?と自然農法を始めた頃(1990年頃)から思っていました。
私は、学生の頃、現代的な農学や栽培学を学んだので、当初、自然農法には否定的でした。
福岡正信氏の書籍を読んで、「何故そうなるのかメカニズムが説明されていない」事に疑問を持ち、自然農法に疑いを抱きました。
それで反証実験のつもりで自分でも見よう見まねで自然農法を試し始めました。
そんな経緯もあって、私は常に「少し否定派」の立ち位置にいます。いや「否定派」と言うより「疑問派」と言うべきですね。
やはり分からない事がたくさんあります。
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開花直前の「カタローニャ」






既に20年以上経ちますが、私が知り得たのは、「出来る時もあれば出来ない時もある」(栽培が下手クソなので、私のところでは出来ない時の方が多いです)と言う事です。
「無肥料では全く出来ない」と言うのであれば、農学や栽培学で説明されるように「植物の生育には窒素、リン酸、カリの多量要素を中心とした肥料分を与えなければならない、肥料を与えないと土地から養分が収奪され、土壌が痩せて作物の生育に障害が発生する」と説明できるのですが、たまににしても「出来る時もある」ので説明が厄介です。
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寒くなり始めて熟してきた「スタピストマト」







自然環境の中での話ですから、状況は時々刻々変化していますし、地域や気候により一様ではないので、いくら試してみても「経験則」以上にはなり得ず、科学的な根拠を得る事は困難でしょうし、技術的にも資金的にも能力的にも、詳細な研究を行う力は持ち合わせていないので、実証的に根拠のあるお話は出来ません。


ここでご提案したいのは、「こんな考え方をすれば考え易いのでは?」と言う目や頭の向け方のお話です。


畑の中で起こっている目に見えない現象を定量的に把握できないのであれば、ミクロな事象はひとまず置いて、マクロ的に捉える事は出来ないでしょうか?
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「ガルギール」の花





そこで例えば中世ヨーロッパの三圃式農法の事なんかを考えてみると、地力が低下する前に圃場を切り替えて、冬穀→夏穀→休耕地(放牧地)ってローテーションするわけですよね。
これを現代農法的に解釈すると、冬穀・夏穀の栽培で土地が痩せるので、休耕(放牧)で回復させる、と言う事になり、休耕しないのなら施肥や有機物(堆肥等)投入などで補わなければならない。となるのでしょう。

ここで注目したいのは、なぜ休耕すると地力が回復するのか?ってとこですね。
何者かが土壌の養分を増やす仕事をしなければ、休耕したって痩せ地は痩せ地で、作物が栽培できる状態に戻る道理はないはずです。
休耕中にクローバーなどのマメ科植物を生やして土を肥やす、と言うのは分かり易いですね。
クローバーと共生している根瘤バクテリアが大気中の窒素を固定すると言う事です。
そうして生育したクローバーを緑肥として鋤き込めば土壌中の窒素分が増加する、つまり土が肥えると言う仕組みです。

ここで三圃式農法の事を先に学んでしまうと、「収穫すると土地は痩せる→痩せたら休耕か施肥が必要」と言う固定観念が焼き付いてしまって、休耕中に回復するのなら、同じメカニズムが耕作中にも働いている、と言う事を見落としてしまいます。
「耕作」と「休耕」と言う綺麗に二分した捉え方をやめて、全栽培期間にわたって「供給者」と「消費者」が存在していると考えてはどうでしょう?
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イネのクローバー草生栽培





味気のない話ではありますが、人間社会の「経済学」と同じように、「自然経済」とでも言うものを想定してみると考え易いと思います。

ザックリした話、圃場での全物質の動きを、「収入」と「支出」と「貯蓄残高」で想像してみたらどんなものかと思うのです。

「収入」には、雨水や地下水に溶けてもたらされる物質や、風により大気中からもたらされる物質、鳥や獣や昆虫や微生物などが外部から侵入してもたらす物質、微生物がそれらの物質を元にして合成したり分解したりしてもたらす物質(大気中の窒素の固定なども含む)、人による施肥も「収入」に当たります。

「支出」には、雨水や地下水に溶けて外部に流亡する物質、蒸発や気化により大気中に拡散される物質、鳥や獣や昆虫や微生物などが外部に持ち出す物質、人による作物の収穫も「支出」に当たります。

貯金通帳の月初めの額面に、「収入」を足して、「支出」を引けば月末残高が出るわけですが、圃場ではそれが土壌中に蓄えられた「地力」と「肥料分」となるわけです。


外へ出て行く「支出」が多ければ「貯蓄残高」は減って行き、入ってくる「収入」が多ければ「貯蓄残高」が増えていきます。
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不耕起草生直播の巨大スイカ「カロライナクロス」





圃場では常に様々な動植物、微生物による「生産」と「消費」が行われていますので、「支出」や「収入」の明細を事細かに把握する事は至難の業ですが、作物の表情や周囲の雑草の伸び方、様々な種類の昆虫や土壌生物の発生や増殖具合などを気を付けて見ていると、様々な変化に気付く事は可能です。

それらの変化の様を私は「状態遷移」と呼んでいます。
そして自然農法は自然の動きを追い越さずに、「状態遷移」の速度と方向を先読みしながら、最小限の操作で付き従って行くプロセスであると考えています。

つまり、行き先を読みながら後から付いて行く、マズいなって時にはチョット刺激を与えてコッチの都合も聞いてもらう、そんな感じで捉えています。
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イネの間に住んでいるキリギリス






無肥料での栽培が可能となるには、やはり微生物による窒素固定の様な眼に見えない部分での養分供給が行われていなければならないのでしょうが、それがどこでどう行われているかは知り得なくても、全体の「状態遷移」が圃場が「肥える方向」に向かっているのか、「痩せる方向」に向かっているのかは読み取る事が可能なのではないかと思います。

細かい事は自然に任せて、全体での収支の動きを大掴みに捉える事で、ご自分の畑が「高度経済成長」しているのか、それとも「財政破綻寸前」なのか、薄々感じ取れるかもしれません。
当然、「財政破綻」の危機には「資金注入」も止むを得ないでしょう。
生産力の低い圃場では施肥も自然経済を円滑に回して行く為の重要な施策です。

そうして何と何が何処でどうなってみたいな、イチイチの明細はわからなくても、一応全体的に収支はとれている、とか、チョット赤字気味だから銀行行って借りてこよう、とか、その辺の判断ができれば、現場としては回して行けるのではないでしょうか。
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不耕起草生栽培のイネ(「旭」晩生選抜)






そう考えると、あとは「状態遷移を読み取る能力」と、圃場全体の体質を「黒字」の方向へ向かってもらう為に時々に「適切なスイッチを押すセンス」が必要であると感じます。

その中でキーとなるのが、圃場での「生物多様性」と「緩衝能」ではないかと考えていますが、長くなるのでこの2つの考察は別の機会に譲りたいと思います。

ともかく、生物活性の高さが生産力を高めるだろう事は、割りと直感的に感じ取れるので、先ずは圃場の生き物が増える様に心がける事が近道のように思えます。
そう考えると「無農薬」「不耕起」「無除草」は、生き物を増やすと言う点で理に適っている、と言うオチが付くのではないでしょうか?

お後がよろしいようで・・・・