これ、なんだかお分かりですか?
大きさはアズキとダイズの間くらいです。

中を割ると、小さな種が沢山入っています。


正体はこちら。
田んぼの強害雑草、コナギです。

稲刈りをしながら、生えているコナギを見つけては、実を取って集めたのです。
コナギは、花を付けるのが比較的遅いので、遅植えした田では、稲が終わる頃になってやっと実を付けるようになります。
せっかく手刈りしたので、小まめに取り除きました。
コナギは一株から落とされる種の量が多く、約1万粒の種子がばら撒かれると言われています。
これは、1反の田んぼに一株の親株があれば、翌年は全体に生えるに十分な数の種子が播かれる、と言う事になるそうです。
これは、1反の田んぼに一株の親株があれば、翌年は全体に生えるに十分な数の種子が播かれる、と言う事になるそうです。
小まめな農家では、稲刈り後に秋起こしと言って、田んぼをトラクタで耕起します。
すると、コナギも株ごと埋め込まれます。
種も地中に埋められますが、コナギの種子の生存年数は10年近いので、これは種子を保存する事になりはしないでしょうか?
すると、コナギも株ごと埋め込まれます。
種も地中に埋められますが、コナギの種子の生存年数は10年近いので、これは種子を保存する事になりはしないでしょうか?
通常、自然界では特定の生物は、ある範囲で一定に数が保たれます。
気候により変動しますが、いきなり数10倍や数100倍には増えないように思えます。
サケが沢山卵を産んでも、親になって川に帰ってくるのは親サケと同じ数、つまり2匹の雌雄のサケから生まれた卵から、親サケにまで育つのは2匹くらいと言う事です。
気候により変動しますが、いきなり数10倍や数100倍には増えないように思えます。
サケが沢山卵を産んでも、親になって川に帰ってくるのは親サケと同じ数、つまり2匹の雌雄のサケから生まれた卵から、親サケにまで育つのは2匹くらいと言う事です。
稲を秋播きすると、正確に計った事はありませんが、播いた種子の1/10くらいの発芽率ではないかと思います。
福岡正信氏も秋播きには種籾に殺虫剤を粉衣する必要がある、という意味のことを書いておられます。
なぜ、コナギは1株の親から水田一面に広がるのでしょう。
1万粒の種子は、冬の間に昆虫や小動物に食べられ、減少して行くはずなのです。
1万粒の種子は、冬の間に昆虫や小動物に食べられ、減少して行くはずなのです。
私が園芸の学生の頃、「害虫学」と言う講義はありましたが、「雑草学」と言う講義はなかったように記憶しています。(今はあるのかもしれません)
そもそも、「害虫」とは言うけど「害草」とは、あまり言いません。
師匠(80代)に聞くと、昔は牛と馬を飼っていたので、草はみんなそれらの餌になっていて、重要なものであったと言っていました。
師匠(80代)に聞くと、昔は牛と馬を飼っていたので、草はみんなそれらの餌になっていて、重要なものであったと言っていました。
昔から、真夏の炎天下に田んぼの草取りをしていましたから、まったく除草作業がなかったわけではありませんが、少なくとも草全般は農業を妨げるものではなく、むしろ、必要なものだったのかもしれません。
「名生家三代、米作りの技と心」名生忠久著 草思社 には、昔、深夜2時に起きて、先を競って土手の草を刈りに行き、刈り草を田に入れた話が出ています。
そういうものも入れないと、化学肥料がなかった頃は、肥料不足で稲が育たなかったのでしょう。
そういうものも入れないと、化学肥料がなかった頃は、肥料不足で稲が育たなかったのでしょう。
化学肥料が出現して、刈り草を田に入れる必要はなくなりました。
同時に、トラクターの普及で、牛馬の餌もいらなくなりました。
さらに、除草剤の出現で、草取りもしなくて良くなりました。
同時に、トラクターの普及で、牛馬の餌もいらなくなりました。
さらに、除草剤の出現で、草取りもしなくて良くなりました。
ほぼ同時期に、これらの事が起こったので、生産現場で「雑草」の事を十分に研究する機会も失われたのではないかと思います。
現場での「雑草学」研究は、これからです。