徳川幕府の最終版、アメリカが捕鯨基地を作るため、マシュー・ペリーを提督とする艦隊が日本近海に押し寄せた。(1853年6月)すったもんだがあり、結果、徳川幕府の弱体化などもあり日米和親条約という、不平等なものを締結した。
(以来、アメリカを友好国としたり、わずか90年ほど前には敵国として戦争を仕掛ける無謀を行い、多くの国民とアジア諸国民の生命を奪いまた、中国・南京においては大虐殺という暴行をはたらいた)
アメリカを敵国にしたことを反省した、当時の為政者はこれからはアメリカを飼い主、自らは従順な飼い犬として生きていくことを選択した。
アメリカはアメリカ、我が国は1つの独立国として共存するという選択をしなかったことに、今の国力の衰退の原因がある。
日本会議はいまだに、この国が「世界で1つの神の国」という妄想を抱いていることに、発展しない団体としか思えない。










