🌙心がすり減った日々と、私をご機嫌にするということ


夏至の前あたりは
なんとなく心が重たくて。


原因は、たぶん父のひとこと。
ほんの些細な言葉なのに、
まるで急に空が曇るように、私の心の奥に影を落としました。


まだ介護というほどではないけれど、
それでも日々、帰ってきてからのごはんの用意や、
家の空気を気遣う時間の中で、
知らず知らず、
私はすり減っていたのかもしれません。


「あの人たちに悪気がないんだから」
そう思おうとしても、
心のどこかが静かに泣いているのを感じました。


ふだんは、少しずつ「外側の声」に揺れなくなってきた私。


誰かにどう思われるかより、今の自分の心を大事にできるようになってきました。



でも、父の言葉だけは、なぜか胸に刺さります。



きっとそれは、父を通して、
私はまだ「社会」という
大きな声に評価されようとしているから。

父の言葉は、私の中にある“他人の目”や“常識”を呼び覚ます。


それに傷ついて、責められているような気持ちになるのかもしれません。


でもね。
ふと思いました。
いちばん放っておかれていたのは——私の気持ちだったなと。


だからまずは、
私が私をご機嫌にすること。


好きなことは意外としていたけれど、
それが「私の気持ちにちゃんと寄り添う時間」だったかというと、
そうでもなかったのかもしれません。



おいしいお茶を淹れて、
お気に入りのノートに心の声を書き出してみます。
ほんの少しでも、自分を「いい気分」に戻してあげること。


それは誰かのためじゃなくて、
これからの自分を信じてあげるための小さな優しさ。



自分の声を聞いてみます。