「ここが俺の家だ。」

「へっ?」

麻琴は誠人の言葉に間の抜けた声を出した。

目の前には麻琴が近付くには畏れ多いほどの家というよりお屋敷があった。

「そのまま家に帰るわけにはいかないだろ?」

そう誠人に言われて麻琴は自分の身体を見た。

汗でべとべとになった身体。
シャツにはピンク色のシミ。
下着なんか麻琴のでグショグショ……

そこまでわかっているのかどうかはわからなかったがまるで誠人に見透かされているようで麻琴は身じろぎした。

「家には俺しかいないから遠慮しなくていいぞ。」

そう麻琴を気遣う誠人に少しでも卑しい目を向けた気がして麻琴は素直に甘えることにした。

車から降りてみると麻琴の身体はだいぶ楽になっていて誠人の支えがなくてもよろよろと1人で歩けた。

それでも誠人は麻琴を気遣ってか麻琴の歩調に合わせて家に入った。


誠人の家は純和風な家で旅番組にででくる旅館のようだった。


長い廊下を歩く。


麻琴が最初に案内されたのは麻琴の家の5、6倍はあろうかというほど広い風呂場だった。
「うちの斎藤だ。執事もしてもらっている。」

「初めまして。」

「こちらは川本だ。」

「あっ……。」

お互いに紹介されて斎藤が頭を下げたので麻琴は一言そう言うと斎藤のそれに倣って頭を下げようとしたが頭がくらくらとした。

「坊っちゃん、川本様はどうかなさったのですか?」

斎藤は誠人に支えられている麻琴を見て言った。

「あぁ、階段で足を滑らせたんだ。」

斎藤の問いにドキッとして答えに詰まっていた麻琴に代わって誠人が答えた。

「それは大変でございます。さ、どうぞ。」

誠人の答えに納得した斎藤は素早く車のドアを開けて促した。

斎藤の初老とは思えないきびきびとした動きに麻琴は緊張した面持ちで先に乗り込みあとに誠人が続いた。

「速川は…なんでこんな立派な車があるのに電車で通学してるの?」

車の方が楽なのにと麻琴は言った。

「向こうではいつも車で送り迎えだったからこっちでは他の高校生と同じようにしたかったんだ。」

「俺から見るともったいないな。」

身体はまだだるかったが顔だけ誠人の方に向けると麻琴はニッと笑った。

そんな2人の会話に斎藤は目尻の皺を柔らかく刻んだ。
「立てるか?」

誠人は身体を離すと麻琴に問いかけた。

「うん。」

そう言って麻琴は立ち上がろうとするが足に力が入らずよろめいた。

「無理しなくていい。迎えを呼ぶ。」

「大丈夫っ!もう少し休めば大丈夫だから…」

誠人の提案を麻琴は断ったが誠人は譲らなかった。

誠人はバックから携帯電話を取り出すとどこかに電話をかけ始めた。

「駅にいる。迎えにきてくれ。……あぁそうだ。」

それだけ言うと誠人は電話を切った。



それから迎えがくるまでは意外と早かった。

連絡が入ると誠人は麻琴の腕を取って駅を出た。

しかしそこには麻琴が思っていた迎えとは遥かに違っていた。

黒塗りのベンツ。
そのボディには隅々までワックスがかけられていてピカピカだった。
そしてその後部座席のドアの前には運転手らしき初老の男性が微動だにせず立っている。

「おかえりなさいませ、坊っちゃん。」

誠人の姿が見えるとその初老の男性は背筋を伸ばしたまま頭を下げた。

誠人は片手を挙げてそれに応える。

見たこともない光景に目をパチクリさせて麻琴は誠人を見た。