「少し遅くなったから送る。」

洗濯してもらった制服に袖を通す麻琴に誠人は言った。

窓から差し込む光は力なく、日の光から月の光へと代わったことを感じさせる。

「うん。…ありがと。」

素直に麻琴は礼を言った。


表に出ると斎藤が月夜でもピカピカとつやめくベンツの前で待っていた。

麻琴達が車に乗り込むと車はスムーズに走り出し閑静な住宅街を抜けると街の大通りへと出た。

急に視界に光が飛び込み麻琴は眩しさに目を閉じた。

そして瞼の裏に残る残像を追っているうち車の心地よい揺れと混ざりあって麻琴は静かに眠りに落ちた。

誠人はそんな麻琴に気付くと少し笑ってまだ幼さの残る麻琴の寝顔に手を伸ばした。

その時、誠人の手が誠人の内にある映像と被った。


『…誠人……誠人…』

そう言って誠人に細くて白い手が伸びる。

『私には…貴方だけ……』

そう言って誠人の肩に腕を回すと強く抱き締めた。

そして涙が溢れる瞳を誠人に向けると誠人の唇に自分の唇を重ねた。


「くっ!!」

誠人はそう呻くと映像を消すように空を握りそのまま手を収めると乱暴に身体を車の揺れに預けた。
「俺は川本といると楽しいぞ?」

そう言って誠人の大きな手が頬に触れたことで麻琴は初めて自分が泣いていることに気付いた。

「ご、ごめっ…」

麻琴は慌てて涙に濡れた頬を拭った。

「俺は兄妹がいないから川本が羨ましい。」

誠人は目を細めて麻琴を見つめた。

「身の回りの世話はみんな使用人がやってくれたが飯を食うのはいつも1人だ。」

誠人はそう言って視線を麻琴から外す。

麻琴は部屋を見渡した。

部屋には麻琴が検討もつかない高そうな家具や装飾品が揃っている。

しかし誰かに使われている形跡はない。

誠人もまた孤独だった…。

「俺っ、また遊びにきてもいい!?」

勢い込んで麻琴は言った。

「あぁ。いつでも。」

そう言うと誠人は笑顔を麻琴に向けた。


なんだか誠人には悲しいとか寂しいとか負の感情を持って欲しくなかった。

その麻琴の感情はやはりわからなかったが朝の誠人に対するヒーロー的感情が先に立ちそれ以上は考えなかった。

麻琴には想像ができないほど負の感情が誠人にはあると知らずに…。

「おいし~~~っ!!」

麻琴は頬張った両頬を撫でるとほうっと幸せそうなため息を洩らした。

席についた麻琴達の前に出された料理は和食でどれも麻琴の舌を唸らせた。

「こんな料理久しぶりに食べたよっ!うちは母さんが忙しいからいつもカレーで飽々してたんだ。」

そう言いながら麻琴は片っ端から料理に手をつけた。
そんな麻琴を誠人はそうかと微笑みながら相槌を打った。

「でも…こういうのがお袋の味っていうのかな?」

急に箸を止めて麻琴は続ける。

「母さんは俺達の為にいつも働きづめで…だから俺がしっかりしなきゃって思ってたけど……弟達に寂しい思いをさせてるのかもしんない。」

麻琴は眉根を寄せて呟いた。

実際麻琴はこのお袋の味に飢えていた。

兄妹3人だけの夜。
麻琴は寝る時には必ず弟達が好きな絵本を読んであげた。
そして3人寄り添って眠った。
夜になってもせわしなく働く母親に麻琴はいつも笑顔で見送った。


寂シイ、行カナイデ―


何度もその言葉を飲み込んだ。

その言葉は麻琴にとってわがままでしかなかった。

麻琴にとっていい子でなければ意味がなかった。