「あいつが理由もなく人ん家で風呂になんて入らない。」

麻琴の髪を軽く触っただけでこの事実を言い当てた圭介に誠人は驚いた。

「言えよっ!」

麻琴をからかっていた時の圭介とは一転して圭介は鋭く誠人に問いつめた。

「…駅で川本がトイレにいってる間に痴漢に襲われるところだったんだ。それで何かの薬品をかけられて…そのままの格好で帰ると家の人が心配掛けるから俺の家に呼んだ。」

「……そうか。」

大して驚きの表情を見せない圭介は警戒を解くように深いため息をついた。

「疑ってすまなかった。」

そう言うと圭介は体格のよい身体を丁寧に折り曲げ誠人に頭を下げた。

「いや、いいんだ。それよりその男のこと知ってるのか?」

麻琴が襲われそうだった事実を平然と受け止める圭介には心当たりがあるようだった。

「あぁ。30歳前後のサラリーマンだろ?あいつは麻琴に気があるみたいで電車に乗る時はよく麻琴にくっつこうとしてきやがる。だからなるべく麻琴と一緒に電車に乗るようにしてるんだ。まさか麻琴が襲われそうになってたなんて…今日はまじで助かったよ。」

そう言って圭介は険しい表情を崩して微かに笑って見せた。
「川本は家の人が待っているからと断ったんだが俺が無理に夕食に誘ったんだ。」

麻琴は悪くないと圭介に誠人は言った。

「無理にじゃないよっ!!速川にはすごいよくして貰ったんだからっ!!」

麻琴は必死に圭介に弁明した。

「そうか…わかった。今度からはちゃんと電話しろ。早く中に入って悠弥達に会ってやれよ。あいつらも心配してたんだから。」

圭介はそれ以上咎めずに安心したような笑顔を浮かべた。

「うん、わかった。あの、速川…」

「俺はいいから早く行ってやれ。」

そう言って誠人は包んでもらった夕食の袋を差し出した。

「うん…今日はほんとにありがと。じゃ…また明日。」

麻琴は包みを受け取ると今日出会ったとは思えない心地よさを惜しむように誠人に別れを告げると家に入った。

「まったく何かあったかと思ったぜ。」

そう言って軽く笑い圭介は隣を通り過ぎる麻琴の髪に手を軽く触れると急に押し黙った。

そして麻琴が家の中に入ったのを確認すると誠人に厳しい表情で問いかけた。

「何があった?」

圭介は今にも噛みつくような勢いで誠人に言う。

「麻琴に何かしたのか?」

そう言って圭介は誠人に一歩にじり寄った。
「川本起きろ。」

「ほぇ…?」

すやすやと眠っていた麻琴は誠人の呼びかけに目を開けた。

「たぶん川本の家の近くだと思うんだが…」

「う~ん…あ、ここで大丈夫!!この先だからこっから歩いて帰るよ!」

寝ぼけ眼を擦っていた麻琴は家の近所だとわかると身体を起こした。

「じゃそこまで行こう。」

この先だとは言え昼間あんなことがあった手前、夜道を麻琴1人で帰すことに誠人は心配だった。


「もうちょっとで俺ん家。」

そう麻琴が言って2人で歩いていると麻琴の家らしき前に人影があった。

「圭ちゃ~んっ!!」

その人影が誰かわかると麻琴はじゃれつく犬のように圭介の元へと走り出した。

「このバカッ!!!どこほっつき歩いてたんだよっ!!おばさん、お前が帰ってこないから心配して俺に電話してきたんだぞっ!!…遅くなるなら電話しろよ!」

「ごめん…な…さい。」

麻琴を見るやマシンガンのような圭介の叱責に尻尾の垂れた犬のようにしゅんとうなだれて麻琴は謝った。

「すまない。川本が遅くなったのは俺が引き留めたからだ。」

誠人はそう言って2人の間に割り込んで麻琴を後ろ手でかばうように立った。