「ただいま。」

「麻琴!!よかったわ!違ったのね!おかえり。…ってどうかしたの?」

麻琴の母美佐子は麻琴の姿を見るなり安堵して麻琴の肩をバシバシ叩いたが麻琴の様子がおかしいことに気付くと顔を覗き込んだ。

「…えっ!?いや、何にもないよ。」

麻琴は誤魔化すように無理に笑顔を作って言った。

「つーか母さんこそそんなに急いでどうかしたの?病院?」

「そうなのよ!ここの近くで交通事故があってうちの病院に運ばれてきたから応援を頼まれたの。しかも運ばれてきたのは麻琴くらいの男の子だって聞いたしさっき麻琴散歩に出てったからすごく心配してたのよ!…じゃ行ってくるわね!」

一通り説明すると美佐子は慌ただしく家を出ていった。

「………いってらっしゃい。」

麻琴は今にも消え入りそうな声で美佐子を見送った。

『俺くらいの男の子ってまさか……速川?いや、きっと違うよね?でも…』

先程虎太郎と一緒にいた誠人を思い出した。

誠人に切なそうな瞳で見つめられたのに逃げてしまった。

麻琴はざわざわと胸騒ぎを感じて胸をギュッと掴んだ。

震える指先で携帯に手を伸ばす。



虚しく続くコール音が麻琴の胸までも震えさせた。
「麻琴…っ!?待っ!…」

2人を呆然と見ていた麻琴はだんだんと顔を強張らせさっと背を向けると一目散に駆け出した。

「やだっ!行かないでっ!!誠人っ!誠人っ!」

虎太郎はだだをこねるように泣き叫んで今にも飛び出して行きそうな誠人に抵抗した。

「虎……俺行かないと絶対後悔する。行かせてくれ。」

誠人は優しくなだめるように虎太郎の手首を掴んで諭した。

その間にも麻琴の背中は目を凝らさないとわからないほど小さくなっていった。

「まっ…誠人…んくっ…うぅっ…」

誠人のその真剣な眼差しに虎太郎はずるずると崩れ落ちた。

「虎…ありがとう。」

誠人はそう言うと勢いよく駆け出して行った。

閉められたドアの音が耳に届くと虎太郎は車内に嘔咽を響かせた。


しかし数秒もたたないうちに車内をトラックのクラクションと衝撃音が切り裂いた。


虎太郎ははっとしてその音がした方に顔をあげた。

誠人が駆け出して行った線上に誰かが倒れている―。

「……誠人……?」

虎太郎は起こった出来事が理解できずに誠人の名前を呟いた。

「誠人っっっ!!!」

倒れているのが誠人だと気付くと虎太郎は悲鳴をあげて車を飛び出した。
「止めてくれ。」

誠人は静かに言った。

「えっ?…誠人?」

誠人の言葉の意図がわからず虎太郎は誠人を見た。

誠人は車が止まるとドアに手を掛けた。

「だめだよっ!!どこいくのっ!!?」

虎太郎は誠人のその行動に不安を抱き誠人の腕を掴んで引き止めた。

「ここの近くに…川本の家がある。」

誠人は一呼吸置いて虎太郎に告げた。

「逢いに…行くの?だって…だって、『一緒にはいられない』って言ってたでしょっ!?それに今逢っても誠人が苦しむだけでしょ!?」

虎太郎は徐々に末尾を荒くして言ったが誠人はそれを黙って聞いていた。

なんとしてでも誠人を行かせてはいけない。

誠人を心配しながらも虎太郎は今まで築いてきた誠人との関係が根底から崩れ落ちそうな恐怖に捕われていた。

圭介に言った言葉に嘘はなかった。

ずっと傍にいた。

ずっと誠人だけをみてきた。

ずっと誠人だけを感じていた。

だから。



行かないで―



しかし虎太郎の気持ちとは裏腹に誠人の瞳に飛び込んできたのはやはり麻琴だった。

麻琴は誠人達に気付くと呆然と誠人に目をやった。