ノエルが亡くなり、空虚感がまとわりついている。部屋の片付けをしていたらこれまで飼った猫や犬の写真集が出てきた。そしてノエルはまだなかったので作ることにした。
さておき、猫はホフマンの小説にあるように、300年昔でも賢かったようだ。夏目漱石の描く猫は正月にお酒を飲んで踊ったとか?ホフマンの牡猫ムルは執筆までしている。うちのはそこまでではないけど、昨夜も一昨日もずっと枕元で寝てくれていた。私の寝た後はどうか知らないが、朝も寝ていた。
たまに思っても見ないところで出くわすと、「あっ!ここにいたの?」驚いて大きな声になる。すると、彼女も『いたのよーやだぁ』と言わんばかりに大きな声で「ニャー」というのだ。
お互いに驚いて大きな声になる。
呼応している。ノエルがいなくなり、たまに宙を見ていると、もしかしたら猫には見えるのかも、と思ったりする。いつも側に居てくれていたので。
猫は猫語で話すのだけど、大体はわかる。
亡きピアニスト中村紘子さんの夫君の庄司薫さんの『ぼくが猫語を話せるわけ』昔読んだっけ。


















