門前仲町から錦糸町へ
渋谷から半蔵門線で錦糸町に出る予定でしたが、ちょっと時間調整を兼ねて九段下から東西線で門前仲町のブックオフへ。収穫があり午前中に大塚と池袋のブックオフで買った本を含めて重い荷物を持ちながら道路添いの地図を見ると門前仲町駅から清澄白河駅まで大江戸線1駅分歩いて半蔵門線に乗ると錦糸町駅まで僅か2駅。最初は大江戸線で両国から錦糸町まで歩くか考えたけど暑くて辛そう、東西線で大手町まで戻り半蔵門線に乗るか迷いましたが遠回りでめんどくさいとあまり魅力なかったので却下しました(笑)。門前仲町駅から清澄白河駅の途中には今朝NHKのおはよう日本で旅?特集した深川の閻魔堂や深川博物館?の脇を通り清澄庭園を見ながら歩きました。約1キロくらいでしょうか。暑かったけど楽しかったです。
平重盛は時子の子供ではないんだ
平清盛の長男で平家物語では常に冷静で後白河天皇と清盛の間で苦悶する印象の重盛の母は時子ではなく、清盛と時子の長男は宗盛であることを初めて知りました。重盛の子供の小松家の維盛や資盛が清盛死後に平家から脱落して行くのは継母の時子にあまり期待されていなかった=邪魔者扱いされていたのかもしれないと感じます。更に、重盛の母の父は当時はほとんど振るわない醍醐源氏で位階も低く高階氏の養子になったらしく、同じように一時高階氏の養子になった藤原信西と似たり寄ったりのレベルの下級官人で本当に醍醐源氏の血脈だったかさえ微妙な人と感じます。また、平清盛や父忠盛祖父正盛も似たり寄ったりのレベルのそもそも本当に平家の血筋を主張できる人達だったかも微妙だったんだろうと感じます。また、家格が清盛より高い時子の家系も摂関家の家司レベルであり、それより家格が低い清盛という人が当時どう見られていたか、また家司に婿養子に入った形の清盛の娘が摂関家に嫁入りし摂関家の所領を管領するに至った世の中の流れがいかに異様だったかも考える必要がありそうです。
