この物語はサバールダンスを日本のダンスシーンに紹介したFATIMATAが、日本でまだサバールという言葉もあまり知られてなかった時代から劇団EXILEで踊られるようになった現在までの、険しい道のりを描いたセネガル体験記です。
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●これがFATIMATAが考えるセネガルツアーの絶対条件だ!⇒第37話
2004年2月
長いと思っていたセネガル滞在も、帰国の日が近づいてくると、少しずつ日本への心配がチラつき始める。
頼まれたお土産をそろそろ買いに行かなきゃ。
ヤマは自分の物のように、私のケータイをずっといじっていた。
1ヶ月前はずっと彼がいじっていた。今はヤマがいじっている。
ケータイをいじるという座をヤマが勝ち取った、という感じにも見えた。
今ではいっちょ前にヤマ宛の電話まで私のケータイにかかってくる。
それをずっと待っているかのように、ヤマは私のケータイをいつも握っていた。
そんなある日の昼下がり、私が居間でテレビを見ていたらベンジーが帰ってきて、私に言った。
「僕の職場、見学に来ないか?」
ベンジーの職場はアパートのすぐ裏にあるラジオ局だった。
その日はたまたま他の従業員がいなかったため、ベンジーはオフィス内を見学をさせてくれた。
ベンジーはマッキントッシュが置いてあるデスクの前に立つと「これが僕のデスク。」と言って
パソコンを立ち上げた。
そしてパソコンが立ち上がると椅子に腰かけ音楽リストを開いて、私に言った。
「どれでも君の好きな曲をプレゼントしてあげるよ。」
いつもコミカルだったベンジーがマッキントッシュを操っているだけで、一瞬ウィルスミスに見えた。
でも私が欲しいと思っているセネガルの音楽はほとんどタイトルが分からなかった。
私はベンジーに自分が欲しい曲を歌って聞かせた。
ベンジーは私の歌を聞くと一緒に鼻歌を乗せながら、リストの中からその曲を探し、私用に作ってくれたフォルダにその曲を移していった。
私はベンジーが腰掛けてる椅子の背もたれに腕を乗せて、ベンジーの後ろからモニターをのぞき込むように、その作業を見ていた。
「他には?」とベンジーが振り返った。
知らない間に私はベンジーとかなり接近していた。
しかし、お互いがそのことに意識しながらその状況を楽しんでいた。
そして私達は一緒に鼻歌を歌いながら、ゆっくり1枚のCDを作成していった。
CDが焼きあがると、ベンジーはサインペンで私の名前と自分の名前を書いて私にプレゼントしてくれた。
そして、私達はアパートに戻った。
居間ではヤマがまだケータイをいじっていた。
ベンジーは居間のソファーに座りながら私に尋ねた。
「いつ帰るんだっけ?」
「28日の夜。」
「誰が空港に送りに行くの?」
「まだ決まってない。」
もうそろそろ決めなきゃいけなかった。
今までの経験からすると、セネガルでは空港の送り迎えは必ず誰かつける。
ベンジーが真剣な顔で私に話しはじめた。
「今年、君はどうしてセネガルに来たんだい? 誰がここに連れて来たの? 僕がこうして君と出会えたのは誰のおかげ? 君はその張本人にこのまま何も言わずに帰るの?」
一番触れられたくない所だった。
そしてベンジーは続けた。
「嫌な思いをしたのは分かってるよ。でも、彼が君をここに連れて来た。そしたら君が帰る時ぐらい、彼が空港まで送くるのが筋じゃないか?」
確かに、ベンジーは彼のおかげで私を世話をするハメになったのだ。
しかも、彼は行方不明。
本当ならありえない。
「分かった。」
と、私は彼に再び連絡を取ることを決意した。
第39話へつづく
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