あれの言った通り建設中のマンションらしきものが見え、私は地面に降り立った。どの部屋にまどかがいるのか総当たりで探すしかない、と思っていたが、クリスはなかなか親切なことをしてくれる。
「自信があるようね」
四階の転落防止柵の上にまどかの鞄が置いてあった。私は、地面を蹴り、四階へと飛び上がる。鞄の置かれた目の前の部屋、四○三号室の扉が開いている。
私は躊躇することなく部屋へ入る。フローリングの床を土足で進み、廊下を抜け、八畳ほどのリビングのドアを開けた。
「ほむらちゃん、待っていたよ」
何も無い部屋の中央で学生服姿のまどかが満面の笑みを浮かべ出迎えてくれた。
「まどか、怪我はない? クリスはどこ?」
私は周囲を警戒しながらまどかへと近づく。すると、まどかはくすりと嘲笑した。
「心配性だなぁ、ほむらちゃんは、怪我なんてしてないよ……ただ、この前の遊園地でほむらちゃんに掴まれた手首が痛むけど」
ほら、とまどかは学生服の袖をめくった。まどかの手首に薄紫のアザが少しだけ残っていた。
胸が、ちくりと痛む。
「……ごめんなさい、そんなつもりじゃなかった」
「つもりじゃなかった? 痛かったんだよ、これ。ほむらちゃん、全然私の話聞いてくれないんだもん。いっつも、そうだよね。私の気持ちなんて考えてくれない。自分のことばかり」
「っ! ……そんなことないわ」
「嘘つき。だったら、私の言う事も聞いてよ。って言っても、どうせ聞いてくれないんでしょ? これしてはイケナイ、あれしてはイケナイ、私の傍にいないとイケナイ、魔法少女になってはイケナイ。本当は私が魔法少女になるのを嫉妬してるだけじゃないの?」
「違う!」
胸がいっぱいで押し潰されそうになる。
「それに比べて、クリスさんは優しいよ。私の気持ちも分かってくれる。嘘つきのほむらちゃんと違って、私が魔法少女になってくれるのにも賛成してくれたし」
「それは絶対にダメ――」
「あれれ? また怒らせちゃったかなぁ? どうするほむらちゃん、言うこと聞かない私のこと叩く? 『私の言う通りにすれば良いの、まどか!』って怒鳴りつける?」
「……」
胸が張り裂けそうで、呼吸をするのも辛い。
「あはは、何もしないんだ今日は。でも、明日、明後日は、今日の事も忘れて、どうせヒドイ仕打ちをするんでしょ? だったら、もういいの。はっきり言って欲しい」
ううん、違う、とまどかは首を振りながら、にこりと笑った。
「私が言うね、ほむらちゃん――大嫌い」
胸の痛みが消えた、ただ、ぽっかりと胸に穴が空いてるような気がして、何も感じられなくなった。
「嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い、大ーー嫌いだよ、ほむらちゃん、あは」
繰り返される絶望の言葉に私は、私は……
「――それで終わり?」
「え?」
表情一つ動かさない私に、まどかは困惑してるのが見て取れた。
「私はね、まどか。別にあなたに好かれたいと思っていってるわけじゃない。どう思われようと構わないわ」
ホント嘘つきね、私。本当はいますぐにでもこの場で泣き崩れて、まどかに許しを乞いたい。私を嫌いにならないでって足下にすがりつきたい。でもね、私にはそんな生易しいこと許されていないんだ。だって私の願いは――
――彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい――
「そんなのウソ! そんなの絶対ありえない。嫌いって言ってるんだよ? なのになんでそんな顔できるの? 好かれなきゃ、私を見てくれなきゃ、意味なんてない。友情なんてない。全部、全部ウソ、嫌い、ほむらちゃん嫌い!」
「じゃぁ、なんであなたは泣いているの?」
瞳の色を失ったまどかは泣いていた。
「クリス、一つ教えてあげる――まどかはね、そんなこと言わない」
がくっと糸が切れた人形のようにまどかは崩れ落ちる。私は床に倒れる前にまどかを抱き留めた。少し苦しそうな顔をしてるけど、大事はなさそうだ。
「アハハハ、何マジになってるの? バカみたい。嫌われているのに気づいてないなんて」
ヒステリックな笑い声に歪められるように部屋の中が魔女の世界へと変わり始める。いや、元からこうだったのか。
無数のスクリーンが張り巡らされた魔女の結界。スクリーンには相変わらず、どこかで見たことのある映像……中学生らしき女の子二人の物語が流れている。
それはまるで私とまどかの物語のようだった。でも役者は違う、如月クリスと眼鏡をかけた黒いおさげの娘の物語。
出会い、共感、友情、親愛を表現する思い出がスクリーンにそれぞれ映っている。私がそうだったように、おさげの娘は如月クリスに憧れを抱いているようだ。
ただ、私と違うのは、
「如月クリスに嫌われたのね」
不信、仲間外れ、嫉妬、悲しみ、憎しみ、怒り、媚び、そして……絶望。負の感情を現す映像群を背に、使い魔、如月クリスは姿を現した。
「私が嫌われた? クリスに? そんなわけないでしょ。クリスは、勘違いしてただけなの。醜く歪んだ人間の世界に穢されてしまった、だから私はキュウべぇに願った。クリスを私の世界に連れてきて、私だけのクリスにしてと、永遠の安息を彼女に与える為に」
スクリーンから何人ものクリスが這い出てくる。
「どう? こんなにも沢山、私の大切なクリスがいてくれるの。私に『キモイ』って言ったクリスを殺しても、まだこんなに沢山残ってるわ、こんなにも私を想ってくれる人がいる。新しき私の世界でやりなおすの! さぁ、貴女たちも私の物になりなさい」
魔女の言葉を代弁し人形のような笑みをクリス達は浮かべた。そして、彼女たちを付き従えるように下半身が映写機の魔女、『投影』の魔女が姿を現した。
「……私はあなたを責めることはしない。あなたとクリスの関係を邪魔することもない。けどね、あなたは一つ間違いを犯したわ」
盾から9㎜機関けん銃、サブマシンガンを取り出し、両手で構える。
「まどかの前に現れた事よ」
私は躊躇することなくクリス達に銃弾をバラ撒いた。数人倒れるが、手が千切れても、顔が半分崩れても、クリス達は私に襲いかかってくる。
魔女は私がクリスを撃ち殺し続ける姿を見て笑い声をあげている。それは殺戮されるクリスをあざ笑うかのようだった。
弾切れになったサブマシンガンを放る、その隙をつかれクリスに右腕を掴まれる。ギリギリと尖った爪が皮膚に食い込む。左腕の盾でクリスの顔を殴りつけ、離れた所でモスバーグM500、ショットガンを取り出し撃ち放つ。頭部を失ったクリスの身体はゆらゆら揺れ、首から血の噴水を噴き出し倒れた。
後ろをちらりと振り返る。横たわる、まどか。この光景をまどかに見られなくて良かったと息を吐く。
だが、クリス達は依然として数を増やす。
私の銃が切れるか、魔女の使い魔が切れるか――
……地面に落ちている銃火器が二桁代に入った頃、ようやく最後のクリスを倒した。
肩で呼吸を繰り返す。血臭にむせ、吐きそうになる。
でも、喉の奥で飲み込む、まだ、魔女は目の前にいる。
スクリーンからクリスは現れない、魔女は悠然とこちらを見据えている。
今が好機、私は時計の針を――
瞬間、スクリーンからあらゆる物が飛び出してきた。学習机、椅子、掃除用ロッカー、黒板、給食用食器、ボール、鉛筆、教科書。魔女とクリスの思い出を隙間無く私にぶつけるかのように、物達が私の周囲を覆った。よけられるわけがないと雑多な物の奥で魔女は笑っている。
だが、私はよけられる――止まれ!
世界が静止する、私を中心に物達がドーム状に固まっている。魔女も自らの運命を知らずに凍った笑みをこちらに向けていた。私は盾に手を伸ばし引導を――気付く。
振り向くけば、まどかの周囲にも物達が溢れかえっていた。
私は急いで駆ける、止めていられる時間は、もうほどんどない。間に合え、間に合って――
時は私の意志に関係無く動きだしてしまう。時間切れ。
「うっぅぅ……ほむらちゃん?」
頭を押さえながら、まどかは起き上がった。良かったまどか、間に合って。
「ほむらちゃん!」
地面に散乱したゴミを避けるようにまどかは私に駆け寄ってくる。
私は肩に突き刺さったコンパスを引き抜く。ぶっしゅっと鮮血が勢いよく噴き出した。手で止血するも動脈を傷つけてしまったのか血が止まらない。
「ほむらちゃん、ほむらちゃん」
おろおろと、まどかは私の肩に手を触れようとしてくる。私は、それに首を振って答える。
必要ないわ。だって私は……
時間制御の魔法を肩にかける。肉体の治癒能力を速め、傷口を塞ぐ。真っ赤な鮮血が黒みを帯び、やがて渇きカサブタとなり、血が止まる。血管や神経が生長促進され、皮膚が再生し、瘢痕だけを残し、傷は修復された。
「ほむらちゃん……その傷」
「そうよ、鹿目まどか――私は人間じゃない」