メリーゴーランドの白い馬に跨るまどかの笑顔。甘く柔らかなメロディに合わせ木馬達は回る。おとぎ話のお姫様を乗せ、夢の世界に向かってゆく。でも、それは同じ所をぐるぐると回るだけ。先に進んでいるわけでも、後ろにさがるわけでもない。
赤いリボンの似合うお姫様の笑顔のため、回り続ける。
「あははは、ほむらちゃーん!」
夢の世界の外で待つ私に、まどかは手を振ってくれる。とてもいい笑顔。
私の頬も弛みそうになる。でも……
「楽しい、まどか? やっぱりあたしの言う通り乗って良かったでしょう」
「はい! 初めは恥ずかしかったですけど、クリス先輩の言う通りやっぱり楽しいです! ほむらちゃんも一緒に乗ってくれれば良かったのに」
「そうねぇ……でも、なーんか怖い顔してるし、あたし達だけで楽しんじゃおうよ」
メリーゴーランドから視線を逸らす。
おとぎの世界に入り込んだ侵入者。物語を壊そうとする人間の相場はだいたい決まっている。
――魔女。
やがて木馬達は夢の終わりを告げるようにゆっくりと止まった。
お手洗いに行ってくるー、と告げたまどかの背を見送る。
いってらっしゃーい、と馴れ馴れしい声でわざとらしくクリスは手を振る。ベンチに腰掛ける彼女から私は警戒は解かないでいた。
――それはあの日から。
クリスは共に魔女を倒そうと提案してきた。悪い案ではない。一ヶ月……正確には二十五日目に起こる、最強最悪の厄災『ワルプルギスの夜』を倒すためには多くの魔法少女の協力が必要だ。今までの時間軸でも、巴マミ、美樹さやか、佐倉杏子達との協力で魔女達を倒してきた。魔法少女にとって魔女を倒す事は存在意義の証明と共にソウルジェムの浄化という自らの命を守ることにも繋がる。協力を申し込んでくることに不思議はない。
だが、彼女の目的は本当にそれだけなのだろうか? 彼女の瞳から真意を探りとるのは難しかった。
キャァーっとの絶叫に反応する。ガガガガっと私の頭上をジェットコースターが駆け抜けて行った。
「ずっとそうやって立ってるつもり? いいかげん疲れない? そういう顔」
「疲れさせる相手がいなければ別ね」
「あらぁ、この前だって、あたしの助けがなければ危なかったじゃない? 恩人に対してひどいんじゃないの」
「あなたがいなければ、危なくなかったかもしれないわ」
私の指摘にクリスは不服そうに茶色く長い髪を掻き上げた。私は視線を逸らさずに彼女を見つめ続ける。間違っているのなら後で謝ればいい、でも、もし私の考えている通りだったら。
クリスは口元を歪めた。組んでいた脚を組み替え、背中をベンチの背もたれに預ける。
「ねぇ、まどかちゃんってカワイイよね」
「どういう意味?」
「言葉のまま。あんなカワイイ娘、そうそういないわ。素直だし、明るいし……無邪気だし」
そして、優しくて強い。心の中で呟く。
「でもさぁ、なんか無理してる感じがするのよね。本来のまどかちゃんじゃない感じ」
私の中で動揺が広がる。しかし、顔色は変えない。
「フッ……言いにくいんだけどね、まどかちゃん、あたしといる時は、もっと元気イッパイなんだよ? けどさぁ、言いにくいんだけどぉ」
「私が悪いって言いたいの」
無表情を崩さない。崩してはダメ……。
「まどかを危険に晒してるのはさぁ、アンタじゃないの? それにまどか、魔法少女の才能があるみたいじゃない。なのにアンタが邪魔してるんでしょ? 大切な友達を自分の物だけにしたいのはわかるけどさぁ」
「……まどかって言うな」
「は?」
挑発してるのは分かる。まどかに魔法少女の才能があることを知っているということは、クリスが誰に連れられて来たのかも、見当がつく。だからこそ彼女の罠に嵌ってはいけない。
けど――
「何も知らないあなたが、まどかを――まどかって言うな!」
私の叫び声に辺りは静まり返る。喧噪の溢れる遊園地の中で、私は周囲と隔絶するように時間が止まったかのような静寂の世界に浸る。
そんな世界に彼女は侵入する。まどかという果実に毒を塗るように。
「人ってさ、誰しもペルソナを持っているのものよ。自分を守るため嘘の仮面を被る。愛や友情を演じるための仮面」
クリスは、立ち上がると私の周囲をメリーゴーランドの木馬のようにくるくると回り出す。
「とってーーも、仲が良い二人なのに本当はそうじゃない。結構あることよぉ? あなたの前では笑顔なのに、あなたがいなくなったら」
フフフっと耳元でクリスは笑う。
「かわいそうな女の子。必要とされていないのが分からないんだから。それでも、一緒にいようとする。誰よりも、自分があの娘の事を分かってあげられる、って思い込んじゃうから、あははは、望まれてないのに」
耳障りな笑い声を黙らす為、私はクリスの襟を掴んだ。
「ほむらちゃん!」
ハッと横を向くとまどかが不安そうな顔でこちらを見つめていた。
「く、くるしい、や、やめて、よ、ほむらちゃん」
クリスは、何も悪いことをしていないのにと言った表情を作っていた。
私は大根役者の襟から乱暴に手を離し、
「まどか、帰りましょう、もう十分だわ」
「え、で、でも、まだ、観覧車にも、コーヒーカップにも」
「まどか! いい? 私達は呑気に遊園地で遊んでいるわけにはいかないの」
「だって、私まだ、ほむ」
まどかの傍まで歩み寄り、手を掴むと強引に手を引っ張った。
「ぃたい、ほむらちゃん、いたいよぉ」
「ちょっと、まどか嫌がってるじゃん、手を離しなさいよ」
クリスを睨みつける。どんな目的だろうと、まどかに手は出させない。私が、まどかを、私しかまどかを――
「いや!」
パン、と手を払いのけられた。まどかを感じられなくなる。
「ほむらちゃん、私、まだ遊んでいたいよ! ……魔法少女のことも大切だけど、私は、ほむらちゃんと」
私はあなたのことを――まどかの後ろでクリスがにやにやと笑っていた――怖い。
「……私、帰る。まどかは、クリスといれば良い」
怖いんだ。まどかを失うこと以上にまどかに嫌われることが怖い。
「ほむらちゃん、待って――」
振り向くことが出来なかった。嘘だって、あの女の罠だって、疑ってはダメだって。
でもね、まどか、私はまだそんなに強くなれないよ。
まどかの声を振り切るように、私は走り出した。
……私って、ほんと、ばか。