「でも、ほむらちゃんは魔女と戦ってるんでしょ? だったらやっぱり私も……」
夕焼けに染まる通学路で立ち止まり、私は後ろを振り向く。
真っ赤なリボンで桃色の髪を短めに調えたツインテールの少女を睨みつける。
ぱっちりと開かれた眼が申し訳なさそうに下を向き、ほんのりと頬を染め、小さな唇がごにょごにょと何かを呟いている。
「何度も言わせないで、あなたは戦わなくて良いの」
ふぁい、と目尻に涙を溜めながら鹿目まどかは、ツインテールを上下に揺らした。
今回のまどかは、まだ魔法少女になっていなかった。
初めて会った時のまどかは、巴マミのおかげかそれなりの魔法少女となっていた。そのせいか、今みたいに自信のない女の子ではなく、明るく元気で……強い、私の憧れだった。
今のまどかは、昔の私に似ていた。いや、私そのもののような気がする。
傍に止められていた車のサイドミラーを見つめる。
戦いにはそぐわない黒く長い髪、色を失った黒い瞳、真一文字に閉じられた口。昔は、こんな顔じゃなかった。髪だって本当はカチューシャで押さえずに切ってしまいたい、けど……
「ほむらちゃんの髪ってさ、凄い綺麗だよね」
私の後ろに映る、まどかがきらきらした瞳で私の髪を見つめている。
うん、なら、絶対切らないわ。
私は無言で歩き出す。
「あ、待ってよほむらちゃーん」
ふぅ、ふぅと息を切らしながら、私の横に駆け寄ってくれるまどか。にこりと微笑むまどかの顔を直視しないようにする。
「ほむらちゃんは、どうして魔法少女になったの」
ドクンと胸が高鳴る。無邪気な顔で私を見つめるまどかに今の音が察知されないように胸元に手を置く。強くならなきゃいけないのに、今、横にいるまどかの顔を見ると、全部投げ出してしまいたくなる。同じ歩幅で同じ方向へ歩く私達。このまま何も起きないのではないか? そうだったら、戦いなんて忘れて二人で遊園地にでも行きたい。
「忘れたわ」
でも、あの悪魔はいたのだ。魔法少女の創造主であり、魔女の元凶を作るあの生き物。インキュベータ、思春期の少女の願いを利用し、宇宙の安定の為、少女を利用する悪魔だ。
「あ……ご、ごめんなさい。私、おっちょこちょいだから、ほむらちゃんを傷つけちゃったみたい、ホントにごめんなさい」
私の表情を見て勘違いしたのか、まどかはぺこり、ぺこりと頭を下げていた、
「え、ち、違うの、そうじゃ」
――ダメ、曉美ほむら、強くならなきゃ。
慌てる思考を鎮めるように口元を押さえ、冷静さを装う。
「……勘違いしないで、別に貴女に怒っているわけじゃないから。それよりも往来でそんなに頭を下げられたら困る」
「え、あー、あ、ごめ……じゃなくて、あうー」
がくりと肩を落すまどかに、私は顔を背ける。甘くしてはダメなのだ。その甘さが、最悪を招いてしまうのを、もう四度経験している。
魔法能力『時間操作』によって私は、終わらない一ヶ月を繰り返している。まどかが幸せになれる日まで、私は何度でも繰り返すつもりだ。そして、今回は四度目なのだ。
三度の失敗の教訓は甘く考えてしまっていたこと。まどかや他の魔法少女にこれから起こる未来を伝えても伝わりきれずにいた。私を含めどこか楽観的に考えてしまうのだ。
今回は分かっているから、別の未来になるのではないか?
……その希望はまどかの死とまどかの魔女化によって無残に崩れ去った。
運命を変えるには、強い意志が必要なのだ。
私は、後ろをちらりと振り向く。
まどかは私の視線にぴくりと反応し、強張った笑顔を返す。
胸が、きゅんと痛む。まどかを守りたい、けど、嫌われたくもないよ。
突然、変化した異質な空気に私は顔を上げた。
「な、なに? あれ、ここいつもの通学路じゃない、ほむらちゃん」
私の制服の裾を掴むまどかを一瞥し、
「私から離れないで」
ソウルジェムをかざす。光に包まれた私に驚いたのか、まどかの慌てる声を聞き、頬が弛んでしまう。私も、あなたを見てそうだったよ。
身体に馴染む衣装に身を包み、私は左腕の魔具をチェックする。異常はない、銃器も揃っている。問題があるとすれば、この地味なセーラー服みたいな格好だけだ。本当はまどかみたいに、ピンクのフリルの付いたカワイイ服が良かったのだけど。
私は頭を振るう。あの衣装はまどかだから似合うのだ、そして、二度とあの格好はさせてはダメなのだ。
魔女の結界によって蝕まれた空間で私は周囲を伺う。薄汚れたスクリーンに様々な映像が投影されている。どこかで観たことのあるようなシーンが地面や、空、壁に映し出され混沌としている。
「ほむらちゃん! あれ、何か来るよ」
スクリーンの中から、人間の影が這い出てくる。使い魔、魔女の僕だ。
うわぁ、囲まれちゃうよぉ、とのまどかの焦りをよそに、私は魔具『時を刻む盾』からアサルトライフルを取り出す。八九式小銃、時間を操作し、自衛隊の基地から借りてきたものだ。
「まどか、耳を塞いで」
ふぇ、こう? とまどかの挙動を確認した後、脇を締め引き金を引き絞る。
パパパン、パパパンとの銃声音に、まどかは、きゃっと身を屈めた。
まるで人型の的を撃つようにバースト射撃を行う。始めは銃の撃ち方など全く分からずに、ただ撃っているだけで当てることもできなかった。
数十体いた影はみるみると数を減らしてゆく。
ネットや図書館で調べ、ようやく使い方が分かってきたのだ。ただ、分からずに終わってくれればどれほど良いだろうか、とも考えていたけど……まどかを守れるなら何でもいい。
最後の人影の胸に風穴を空け、弾が切れた八九式を放る。盾から新しく9㎜機関けん銃を二丁取り出し、両手に持つ。何も映らなくなったスクリーンを見回す。本命がまだだ。
「ほむらちゃん、凄い……でも、私が考えてた魔法少女とちょっと違うかも」
私もそう思うわ。
「きゃぁ! ほむらちゃーん!」
まどかの叫び声に振り向く。私達の後ろのスクリーンが引き裂かれ、魔女が現れた。仮面を被りドレスを着た人形の上半身を持ち、下半身は映写機であった。魔女は私達を潰すつもりか跳び上がった。
まどかはへたり座り、子犬のように震えている。逃げている暇がない。
逃げる暇がないなら――作ればいい。
「止まれ!」
私の盾についた時計の秒針が止まる。すると、世界も止まった。9㎜機関けん銃を盾にしまい、代わりに手榴弾を三個、地面に撒いた。そして、まどかを抱きかかえ、そこから距離を取る。
「動け!」
ずずーんと魔女の重みで空間が揺れると同時に下半身の映写機が爆発した。鉄が切り裂かれるような鳴き声を魔女は上げ、爆炎の中でもがき苦しんでいる。
「どうやったのほむらちゃん?」
私の腕の中で、きょとんとするまどかに無表情で答える。
「魔法よ」
わぁ、と憧れの眼差しを向けるまどかに、私は少しだけ顔を綻ばせる。
まどかの体温も感じられるせいか、胸がドキドキと高鳴る。まどかの鼓動と私の鼓動を重なり合う。このまま、ずっと、ずーっとこのまま一緒に……
一際甲高い金切り声に意識を戻す。魔女が両腕を使ってこちら目がけ突進してきていた。
結界は消えていない。そう忘れていた、まだ、戦いは終わっていないのだ。
すぐさま、跳躍するが高さが足りない、このままじゃ巻き込まれる? まどかが……死ぬ?
「ほむらちゃん!」
まどかをぎゅっと抱きしめる。
だが――腕の中には誰もいなかった。
前を見ると魔女が何故か両手で自分の首を絞めている。何が起こったのか考えている間に、魔女からボキリと鈍い音が聞こえ、仮面を被った顔が、後ろに大きく垂れ下がっていた。
地面に着地すると、結界が消え始めていた。
身体がわなわなと震える。まどかは? さっきまであったまどかの感触を確かめるように両腕で自分を抱きしめる。まどか、まどか、まどか、まどか、まどか。冷静になろうとしても、だめ、まどかまどかまどか……
「ほむらちゃん!」
救いの声に顔を跳ね上げた。
まどかがいた。しかし、誰かに抱きかかえられている。
私は咄嗟に盾に手を伸ばしかける。
「あっ、ちょっとちょっと、待ってよ。敵じゃないってば」
ね、っと茶色のロングへアーの少女はまどかにウインクをした。それに抱きかかえられたままのまどかは、あははと苦笑いを返している。
眉間に……いや、まどかがいる。今は、まだ撃ってはダメ。構えを解き、
「いつまで、そうしているつもり」
私の冷ややかな視線に、まどかは顔を赤らめ、茶髪の魔法少女から離れた。
まどかが私の傍に来るまで、茶髪の少女を観察する。今までの時間軸では会ったことがない魔法少女だ。薄い水色の瞳に長いマツゲ、高慢そうに桃色の唇を歪めている。衣装は白いシャツの上に茶色のカーディガンを羽織り、首元から赤いネクタイを垂らしている。下は茶色いロングスカートに深くスリットが入っている。魔法少女らしからぬ格好だ。
「ほむらちゃん、怪我ない?」
「まどか、私の後ろにいて」
うん、とまどかが頷くのを合図に盾から9㎜拳銃を取り出し、端正な顔立ちに寄った眉間の皺に照準を定める。
「ほむらちゃん、あの人は」
「黙ってて、まどか」
私の一喝にまどかは萎縮する。
「あらら、大切なお友達を怒鳴っちゃうのはよくないんじゃないの?」
「あなたは何者?」
「人の名前を尋ねる前に、まずは自分の名前から――って言ってもあなたには通じそうにないわよね ホムラチャン?」
私はまばたきをしないことで返答する。
「うわー、本気ぃ? いいわ、分かった。アタシの名前はクリス。如月クリスよ。よろしくね、まどかちゃん」
あ、はい、とまどかはおずおず頭を下げる。
「まどか!」
「ご、ごめんなさい、ほむらちゃん」
「あらあら、ちょっとご機嫌斜めねぇ、ほむらちゃんは。そんな感じじゃいつか、まどかちゃんにその銃口を向けちゃう日が来るんじゃないかしら?」
とんだ言いがかりに私はカッとなり、引き金を引いた。ソウルジェムは狙っていない。だが、銃弾はクリスと名乗った少女を掠めることもできなかった。
それどころか――
「まどかちゃんの制服って、もしかして、見滝原中? 私もなんだよねぇ」
「え、あ、同じ中学校だったんですか?」
クリスは瞬間移動したかのように私の後ろでまどかと握手をしていた。ありえないそんな速さで動けるわけがない。それじゃまるで時間を……
「ほむらちゃん、クリスさん、見滝原の三年生なんだって私達の先輩だって」
ほむらちゃん? と心配そうな顔のまどかをよそに私は問いた。
「……あなたの目的はなに?」
クリスは口角を挙げ、答えた。
「私は大切な人のために、もう一度、この世界でやりなおしたいの」