ヤマアラシのジレンマ 第4章 | 鉢野在流はライトノベルがお好き!?

鉢野在流はライトノベルがお好き!?

ライトノベルを中心に創作、批評、文章研究などを書いていこうと思ってます。物書きからの目線で物事を見定めるようシンプルに分析できれば、と。

 人気の少ない中庭で、私は息を吐く。
 何を言ってしまっているのだ私は。幼くして死んだ兄が、サジタリウス公と似ているなどと比べられるものか。あくまで、私が思い描いている未来の兄の姿と重なっただけにすぎない。
 妄想なのだ。その妄想で無礼な言葉を吐いたのだ。
 
 自らの失態に顔を覆う。ぐらり、体が揺れた。踏みとどまる。
 どうやら左足のハイヒールの踵が折れていた。
 なんてざまか。
 しかし、まずは非礼を詫びにサジタリウス公とエミールの下へ行かなければ。
 
 ただでさえ歩きにくい靴が、より歩きにくさを増し、忌ま忌ましさがつのる。
 来た道を戻ると、廊下の隅に二人を見つけた。
 抱き合いながら口づけを交わしていた。
 
 今日はまるで夢のような一日だった。比喩ではなく、本当にそう思えた。
 気がつくと私は右手に木刀を持ち、いつもの修練に使う巨木の前へと立っていた。
 ドレスは裾が破られ、足も裸足だった。
 
 ああ、そうか走ってここまで来たのだな。
 私は両手で木刀を構える。そして巨木に打ち付ける。何度も何度も何度も。
 修練に没頭していると、なにも考えないですむ。
 辛いことも悲しいことも考えずにずむ。
 剣さえあれば、私は一から全てを作り出せる。父や母に胸を張って会いに行ける。
 兄でなくとも、私はシレジレアの家を継げるのです。
 兄がいなくても、私は、私は、私は。

「私はジレンマだ! 兄じゃない!」
 
 一際強く巨木を叩くと木刀が抜け落ちた。拾おうとしたとき、木刀の柄が赤く染まっているのに気がついた。
 手は擦り切れ、血が滲んでいた。
 だが、痛みはない。
 そうだ、痛みは無い。
 だから木刀を拾う。修練を続けよう。
 
 雨が降ってきた。
 木刀の上にぽつりぽつりと、落ちてくる。
 だけど地面は濡れていない。
 空を見上げると、三日月に星々。
 ぽつり、ぽつりと、木刀に降り注ぐ。