とりあえず、映画さえ見ちゃえば、緊張もおさまるだろう。俺と湖さんは映画館に入り、ミッションインポッシブル2を観た。個人的には十分楽しめた映画だったなぁ。と思っていた。映画館を出て、2人で映画トークをした。「あのバイクのシーンカッコ良かったね~」といった具合に話しかけたのだが、湖さんはいまだに緊張しているようだった。

 

まさか、湖さんが、ここまでのあがり症だったとは・・・。自分と一緒に会話してあがってしまう女性というのは、過去に何人か見た事があったのだが、湖さんは断トツだった。恐らく、これで帰ったとしたら、記憶にほとんど残っていないことだろう。せっかく東京まで来て、それじゃあ、あまりにも寂しい。俺は何とか、普段の湖さんに戻れるように考えた。

 

「よし、今からカラオケ行こう!えっと、俺って、仲間内では、歩くジュークボックスって言われてて、リクエストされれば、よほどマイナーな曲じゃなければ歌えるから、湖さんが適当にリクエストしてよ。なんでも歌っちゃうよ~。湖さんも落ち着いてきたら何か歌ってよ。2人だけだから、周り気にせずに楽しもう。大声出せばリラックスできると思うから」

 

俺がそう提案したら、湖さんも同意してくれた。幸いな事に、待ち時間もなく、すぐに部屋に案内された。「湖さん好きなアーティスト居る?」と俺が聞くと、「最近の歌ってあまり知らなくて、TMネットワークならほとんど全部知ってるけど」と言ったので、「じゃあ、TM入れまくろう!とりあえずはじめは緊張するかもだから、俺がメインで歌うから、解る所は一緒に歌おう」と言った。

 

そして、湖さんは初めこそ控えめに歌っていたのだが、時間が経つにつれ、緊張もほぐれたのか、大きな声で、一人でも歌えるようになっていた。俺は湖さんが緊張がほぐれたのを見計らったので、「少し休憩しよう」と言って2人で世間話をした。「湖さん、初め緊張しすぎで、どうしていいか困ったよ」

 

俺がそう言うと、「ごめんなさい。私あがり症で、ダダさんが想像してた人と違って、沢山、話したい事あったのに、もう何を話していいのか飛んじゃって」と湖さんが言ったので、「想像と違ってがっかりしたかな?」と俺が聞くと、「そんな、全然、ただ映画サイト見るような人って地味な人なのかな?って思ってたのに、ダダさん凄くお洒落でカッコ良かったから…」と言ったので俺は少し照れてしまった。

 

「服装は、昔のトラウマのせいなんだよね~。3人兄弟の末っ子で、恐怖のおさがり地獄だったから、自分で買うようになったら、歯止めが利かなくなったって言えばいいのかなぁ?正直な話、映画の話と同レベルくらいでファッションの話もできるよ」と、俺が言うと、湖さんは驚いていた。「ダダさんって知識豊富で凄いなぁ、私はファッションのお話はあんまり得意じゃないかな?女子力足りないかも?」と湖さんは言った。

 

「正直、ダダさんと会ってみて、いい意味で、印象が大きく変わったよ」と湖さんは言ってくれた。「俺も、湖さんに出会えて良かったよ。距離が近づいた感じで、凄くうれしいよ。とりあえず、今日はもう、湖さん時間ないよね。また東京の方に来ることあったら誘ってね。横浜だったら、もっと色々案内出来るんだけどね。今度はもっと時間があるときに、お酒でも飲みながらゆっくりお話ししよう」

 

「うん、2人の約束だね。今日は凄く楽しかったよ」そう言って、湖さんと別れて、一週間後にiモードの映画サイトは閉鎖した。以後、湖さんとは、一度も出会っていない。今どきのネット上の関係もこれと似たようなものだろう。どれだけ親しくなったとしても、電波が途切れるだけで、その関係は、あっという間に消えてしまう。ネットの進化は果たしていい事なのだろうか?

彼女は快くOKしてくれた。正直、サイトだけの関係でお互い顔も知らない関係だった。映画は無難な流行りものと言う事で、ミッションインポッシブル2にした。一応、男たちの挽歌の監督のジョン・ウーが制作とのこともあり、アクション映画なら会話も弾むだろうと思ったのだ。

 

そして東京駅での待ち合わせで、2人は困ることになった。お互い携帯で、「どこ~?居ないよ~」と10分ほどやり取りする事になったのだ。おかげで出会えた時は嬉しかった。しかし、俺は服装失敗したかな~?と少し後悔していた。彼女は普通の地味なファッションだったのだが、俺は、いわゆる綺麗目なフレカジっぽいスタイルだった。

 

一応、自分では地味に抑えたつもりだったのだが、全身アニエスで固めたモノトーンで、ファッションショップの店員さんみたいなスタイルだった。その為か解からないが、彼女はめちゃくちゃ緊張していた。「あ、あの?ダダさんですよね?こ、こんなカッコいい服着てて、わ、私、こ、こんな普段着で来ちゃって、あ、あの・・・」といった具合だった。

 

「いや、湖さん(サイトでの彼女のハンドルネーム)十分可愛いよ。俺がちょっと気合入れすぎちゃったみたいだね」俺は普段はもっと派手だったりするのだが、言い出せずに、そして、「えっと、まずは喫茶店でお茶でもしよう」そう言って湖さんを喫茶店に誘った。そして、俺はコーヒーを頼み、湖さんは紅茶を頼んだ。

 

湖さんは真っ赤な顔をして、あまり俺と目を合わせようとはしなかった。うん、これは緊張を解かないと会話すら出来ないな。俺はそう思い、「これ、フェイスオフって小説なんだけど、俺が大好きな映画でつい、小説も買っちゃったんだけど、湖さんを待ってる間に、読み終えちゃったんだよね。よかったらあげるよ」俺がそう言って小説を渡すと、「あ、あの、あ、ありがとう、あの、よ、読んでみます」とぎこちなく答えた。相変わらず顔は真っ赤だ。

 

そこで、湖さんの好きな話をしようと思いたった。「えっと、ゴットギャンブラーってあるでしょ。あれのチョウ・ユンファって大変そうだったよね。チョコ食べるの。あのチョコって東京で買えるのかなぁ?」俺がそういうと、多少は反応したものの、うつむいた感じで「え、えっと、解らないです」と答えた。

 

そこに、注文したコーヒーと紅茶がきて、事態がさらに悪化しだした。俺は普通にブラックで飲んでいたのだが、湖さんの緊張はピークだったらしい。「あ、あ、あの、わ、私、あま、甘党だから・・・」と言って紅茶に砂糖を入れまくっていた。その量が尋常じゃなかった。一般の6gシュガーで換算したら10本分くらい入れてただろうか。

 

すると、周りにいた女性客の一人が、友人らしき女性と、「何、あの女のあの砂糖の量、ありえなくね」と呟いてるのが聞こえてしまった。そこで、俺は「湖さん、そろそろ映画見に行こうか」と湖さんの手を引き、呟いていた女性とすれ違いざま、湖さんには聞こえないように、「悪口は聞こえない場所で言え」と、一言だけ忠告して喫茶店を後にして、映画館へ向かった。

当時の俺は、iモードの映画サイトにハマっていた。iモードのせいで携帯の料金が毎月3万円を軽く超えていたのだ。今思うと、本当に恐ろしい事だ。だが、同じ趣味の話ができる場所として、満足だったのかもしれない。俺は1年くらいそのサイトにハマり、ある意味有名人になっていた。

 

基本的に映画の話をする人間は決まっていた。主力な人物は、俺を入れて6人くらいだっただろうか?俺は思ったことをすぐに投稿してしまう性格なので、一部では嫌われていたかもしれない。通りすがりの男の人が当時、レンタルが始まったばかりの新作ビデオ、「戦火の勇気」って感動するよね。と女性観覧者相手に、投稿して直ぐに、「あ~、あの映画か、でも終わり方、後味悪くなかった?」と、横槍を入れたりしていたからだ。

 

「いや、あの映画は良い映画だ!」と男性がムキになって反論してきて、俺ができる限りネタバレを避けて、事細かに戦火の勇気のここがこうで、終わり方がこうで、悲しい映画じゃない?と説明したら、女性の方が「なるほど、そういう見方もできるのか」と仲裁してくれたりしていたのが懐かしい。その男性は、それっきりサイトで見かけなくなってしまったが、今思うと、申し訳ないことをしてしまった気がする。

 

当時、サイトの人の携帯の着メロで、映画のテーマを流すのが流行った時期があった。俺はその時はエクソシストのテーマを流していたのだが、投稿者で「タクシー」の着メロがないんだけど、早く更新されないかなぁ。とぼやいていた事があった。俺は「それなら、パルプフィクションのテーマにするといいよ」と忠告したことがあった。当時は、知る人ぞ知る同じミュージックだったからだ。

 

その投稿者は、「おぉ!タクシーの曲だ!ありがとう」と満足していた。そして、そのちょっと後にiモードの着メロサイトで、「タクシー(パルプフィクション)」と表示されてたので、大笑いしてしまった。俺か?俺の情報のせいなのか?と、映画サイト中で一時期、話題になった事もあった。今だから、ぶっちゃけた話なのだが、俺はあまり映画は見に行かない人間だった。その代り、ビデオの購入やレンタルはよくしていたのだ。なので最新情報には少し疎かった。

 

だが、主力の6人での会話はいつも弾んでいた。「私、ジョニー・デップが好きなんだよね」と言われた際、「あぁ、エルム街の悪夢で殺されたシーン良かったよね」と俺が話すと、「え?エルム街にジョニー・デップでてるの?」と驚き、「あぁ、あれがジョニー・デップの初出演映画だよ。配役の所に名前すら載ってないけど、主役の彼氏役で、フレディにやられてたよ」等と、コアな会話が自然にできるこのサイトはとても気に入っていた。

 

そのサイトの主要6人の中に、チョウ・ユンファが好きな女性がいた。俺は男たちの挽歌シリーズ、ゴットギャンブラーシリーズも欠かさず見ていたこともあり、彼女と親密な関係になっていった。彼女はチョウ・ユンファが出てる映画は全部見たらしい。チョウ・ユンファの知識では絶対に勝てないことだろう。彼は孤児を育てているため、いい父親であるために、絶対悪役をしない。と言うのも彼女に聞いた知識だ。

 

そんな感じの話を聞いているうちに、自然と仲良くなり、大阪在住の彼女が今度、東京に来るという話を聞いたので、「それなら、東京で一緒に映画見に行かない?」と俺が誘ったのだ。