①俺は変わった苗字をしている。そのおかげで名前だけで人の注目を集めた。良い事をしても悪い事をしても、苗字のおかげで他の人がするよりも他人の印象に残るのだ。それならばやはり良い印象を持たれたいだろう。俺は何事にも他人を気にする性格になっていった。周囲の目が凄く気になるのだ。

②話をしている声が聞こえると、俺の悪口を言っているんじゃないのかと不安になる。今日の服装は変じゃないかな?擦れ違った女子が微笑んだ。俺に何かおかしいところがあったのか?どういう意味で微笑んだのか凄く気になる。足元に空き缶が落ちていたのでゴミ箱に投げてみた。ゴミ箱の角に当たり跳ね返って地面に落ちた。

③俺は慌ててそれを拾いゴミ箱に入れなおした。誰か見ていなかったか?周囲に気を配る。良かった誰も見ていなかったらしい。こんな些細な事でも気にしてしまうのだ。コンビニのガラスに自分の姿が写った。自分に変な所は無いか気になるので、全身をくまなくチェックする。大丈夫だな。すると自分を見ている男が居た。

④まずい、見られた。たぶん自分のことをナルシストだと思ったに違いない。俺はすかさずコンビニに入り、先ほどのガラスの場所に見本が置いてあった雑誌を購入した。コレであの男は俺が雑誌を見ていたのかと思うことだろう。もし、変な噂が立ったとしても、雑誌を見ていたという既成事実があれば安心だ。

⑤俺は、女子に意味も無く微笑まれるのが凄く苦手だ。変な苗字を笑われてるのではないかと思ってしまうのだ。学生時代はクラス替えするたびに憂鬱になった。また新しい人たちに名前を馬鹿にされるのか。そう思ってしまうのだ。そして、気にしすぎてる自分を周りがどう思うのかも気になってしまうのだ。もはやどうしようもない。

⑥病院などで苗字を呼ばれるのも大嫌いだ。どれだけ体調が悪くても、呼ばれた瞬間に駆け寄って、絶対2回は呼ばせない。自分一人を延々と呼び続けられたとしたら知らん振りして帰る事だろう。居酒屋でのバイトの名札も最悪だった。店長と交渉して苗字抜きの名前にしてもらった事もある。一人だけ名前だけで、それはそれで嫌だったが、苗字を書かれるよりはマシだった。

⑦他人の目が怖い。俺は人の目が見れなかった。だけど気になるので周囲の気配を察知する能力が身に付いていた。他人がどういう行動をしているのかが人よりも解るようになっていったのだ。その能力は居酒屋のホールで働いている時は役に立った。お客さんが手を上げる前に呼ぼうとしてるのが解るのだ。

⑧そのおかげで、何事にも人より早く動くようになっていた。人の行動を先読みするのが長年の習慣として身についていたのだ。例えるなら、他人の心の声が聞こえるような状態だ。その声はかなり精度が良かった。ホールのバイトは正に天職だったと言える。入って席に着いたお客さんの話し声の内容、目線の先にあるメニューが即座に頭に入ってくるのだ。

⑨お客さんに呼ばれオーダーを聞くと、予想どうりのオーダーをしてくる。的中率は80%位だろうか。実際、仕事は優秀だったと思う。お客さんだけでなく、店全体を見渡していたのだから。料理が出来上がるより前に、どの料理が出来上がるかも解り、品切れ前に厨房に確認も出来るのだ。「あのお客さんが、この料理頼みそうだけど、まだ出せる?」と言った具合だ。

⑩その代わりに悪い声も聞こえる。元々それを聞くのが本来の能力なのだ。自分を妬む声や、他人の悪口や、店の悪口。やる気のない人間も解ってしまうんだ。洗い物がたまった瞬間にトイレに行き、別の人間が洗い物をして終わった瞬間に戻ってくる洗い場担当なんていうのも自分だけが気がつくのだ。放置すれば頑張る人の負担になり、上に報告すれば妬み逆恨みの対象になるんだ。そうしてどんどん余計な恨みを買っていく事になる。

長くなったので第一部完 内容暗いので続かない可能性アリ(-。-;)

①研修も終わり土曜日で休みだ。本格的にキツクなるのは来週からだ覚悟しておかないとな。俺は朝食を食べに食堂へ向かうと、大山と石垣の二人とばったり遭遇した。「おぉ、おはよう」と軽く挨拶をして、同じテーブルで食事をする事にした。2人ともやはりパンと牛乳を選んでいた。「やっぱり朝はパンだよな」と大山が言った。

②「ココの朝食のごはんはおかずがちょっとねぇ」と、俺は、厨房までは遠いのだが、万が一にも聞こえないように小声で2人に言ったら「おかず海苔だけって酷すぎだよなぁ」と2人とも同意した。すると石垣が「2人とも寮の周辺は歩いたの?」と聞いてきた。大山は入寮してからほとんど外に出てないらしい。石垣は、100均とブックオフには行ったらしい。

③俺は、「いちおう寮長に地図コピーしてもらって一通り散策したから、何があるかは大体解るよ」と言うと、2人とも行動が早いと感心していた。そこまで話したところで、俺の携帯にメール着信が来た。ミキちゃんからだった。実は知り合ってから毎日メール交換している。そして、俺が今日なら遊べるかもと伝えていたのだ。

④さて、どうしたものか?とりあえず、先週知り合ったばかりの人間を女の子に紹介するのも怖いものがある。「ゴメン、2人とも、とりあえずこの地図あれば歩きやすいと思うから、俺はちょっと今日は用事があるから」俺はそう言って2人に地図を渡し、今回は、大山達とは別行動をとる事にした。俺はまだ2人を信用は出来ていない。

⑤そして、俺はベージュのシャツに茶色のズボンに着替えた。襟元にグレーのストールを巻いて、手首にはターコイズと皮ひものブレス、そして帽子はブルーのキャスケット、そしてブルーのデッキスニーカーだ。黒い服とはイメージががらりと変わるけど、大丈夫かな?ブルーは落ち着きと冷静の色だ。俺が選んだ服だ問題は無い。

⑥そして、駅に向かうバス停に並んだのだが、そこに大山と石垣が居た。ちょっとタイミングが悪いな。俺はそう思いながらも、2人に声をかけた。すると石垣が、「お洒落なカッコだね。一瞬誰か解らなかったよ。いつもそんな派手な服着てるの?」と聞いてきた。俺はミキちゃん達と駅前で待ち合わせ予定だから恐らく目撃されるだろうと覚悟を決めて、「ちょっとこれからデートだから」と素直に打ち明けた。

⑦すると、大山が笑いながら「おいおい、もうこっちで彼女いるの?出身横浜だよね?手が早すぎるだろう。さっき確かに行動が早いって言ったけど、ココまで早いとはねぇ。今度、俺達にも女紹介してくれよ」と言った。やはり言われたか。俺はこの紹介と言うので、ろくな思い出が無いのだ。

⑧紹介した人間には紹介した責任がついて回る。まともな人間なら問題は無いんだ。過酷な仕事で直ぐに仕事をやめたり、6ヶ月で満了で退社して埼玉に帰るかもしれない人間を、名古屋の女の子に紹介なんてとてもできない。自分でさえ、先のこと考えると不安なのに大山は相手のことを考えて言ってるのだろうか?

⑨俺は、冷静になるように勤めた。そして、「まだ俺もそれほど仲良くなってないから、紹介できる状態じゃないなぁ。大山達のこともまだ詳しく知らないって言うのもあるし、紹介はまだ早すぎるかな?それに、俺が男を紹介して6ヵ月後に別れに泣く女の子ってのも見たくないぞ」俺がそう言うと、「なるほど女性の味方だね。この外見でこの考えは女に好かれるわ」と2人ともこの場は納得してくれた。

⑩そして、駅に着いて、大山達と別れ、改札前に着くとミキちゃんがいきなり腕を組んできたのだが、明日香ちゃんが寂しそうにこちらを見ているのに気づいてしまった。そこで、「俺は明日香ちゃんと腕組んで歩きたいなぁ」と言って、ミキちゃんの腕を振りほどいて、無理やり明日香ちゃんと腕を組んだら、明日香ちゃんは笑ってくれたが、ミキちゃんは「ひどい~」とすねた表情でいじけたそぶりを見せた。さて、今日は3人で名古屋の名所めぐりの予定だがどうなる事か。


一方通行恋愛で、リスタートした訳だが、今度は自分中心の3角関係になりそうだ。職場の連中を織り交ぜれば4角、5角になるのだろうか、そして俺の仕事は契約満了したらどうなる事か?過酷な仕事は続けられるのか?様々な不安はあるが、前向きに行こう。名古屋の大地に根をおろせたのか。この先の結果は俺の心の奥に鍵をかけてしまっておこう。

第6部完  無理やり恋愛話として完結させてみた…。( ̄▽ ̄;)
今後、訂正して続く可能性はあるかもしれない…。
①新人研修。部屋に集まったのは合計で18人だった。開始までまだ時間がある為、皆、緊張した表情で何をする訳でもなく椅子に座っている。正直、工場の研修に慣れ過ぎている自分は緊張など微塵も無かった。俺は周囲の人間観察をしていた。20~30代の男性だけのようだ。30代くらいの人は多少余裕があるように見える。きっと同じような仕事をこなしてきた人たちだろう。

②正直、自動車工場の期間社員などを、何度も繰り返すような人はどうなんだろうと考えてしまう。自分も似たようなものなのだが、その人と仲良くなっても得るものは無さそうだと感じてしまう人が大半だ。工場にいる間に資格を取る勉強をしようとか考えるような人はまず居ない。向上心を感じないのだ。

③まぁ、誰とも仲良くしないというのも寂しいので、俺は一緒のバスに乗ってきた隣の同年代くらいの人に話しかけた。彼は大山と名乗った。埼玉出身らしい。「埼玉だとホンダの方が近くて良かったんじゃない?」と俺が言うと「ホンダでも働いた事あるよ」と大山は言った。「狭山工場?あそこは寮が綺麗だよね」と俺が言うと思いのほか話しが盛り上がった。

④気がつくと同年代くらいの周りの数人も話しに入ってきていた。「俺は日産で働いた事あるけど、あそこは働きやすいよ。給料が若干安くて食事がまずい」「食事と給料はいいけどトヨタは仕事がきついよね」「いすずは寮が酷くて、通勤も大変だよ」などなど、他の自動車工場の話題で盛り上がった。同年代も経験者が意外と多くて驚いた。

⑤やはり、自動車工場には抜け出せない何かがあるのかもしれないな。人並みな給料と住居が確保できると言うのが大きいんだ。そしてココを知ってしまうと無茶をするようになる。いざとなったら自動車工場に戻ればいいやと考えてしまうのだ。まぁ30歳を超えるくらいになると体力面がきつくなりそうだが。

⑥しょっちゅう募集してる癖して、社員昇格にはシビアで、期間満了した人間はその時期に募集してる会社に再入社を繰り返す。実際期間社員として入る人間は大半が経験者なのだ。自動車会社同士がグルになって安い人件費で人間をたらい回しにしてるようだ。と俺は思ったが、深く考えるとやる気を無くしそうなのでその思いは頭の中で振り払った。

⑦そして、研修が始まった。想像どうりの研修だ。渡された書類の記入と安全に対する心構え、社内規約などなど、始めの3日はそれで終わり。4日目から実践研修だ。インパクトドライバーなどを使って速度を計ったりするんだ。コレでいいタイムを出すと厳しい場所に配属になることを俺は知っている。

⑧だが、俺は嘘が嫌いだ。あえて全力でタイム測定をしたら、歴代記録を塗り替えていた。大山と、もう一人の同年代の石垣が、俺に触発されて全力でやっていた。自分を入れたこの3人は恐らく、仕事がもっともキツイ組み立てに配属される事だろう。地雷原と解っていて突き進む性格は簡単には直らないらしい。なんだか巻き込んで申し訳ない事をしてしまった気がする。

⑨他のメンバーも結構いいタイムを出していた。教官が言うには、今回は全員優秀で嬉しいそうだ。それはそうだろう。普通は全員ココで手を抜くんだ。俺が会社側の人間だったら、スパイとしてベテランを一人混ぜて触発させるのもアリだな。などと、思ってしまった。全力の人間が近くに居たら、差を開かれないように大抵の人間は慌てる物だ。

⑩そして、一週間の研修は終わって配属が決まった。予想どうり、俺と大山と石垣は3人とも組み立てで同じ部署だった。3人も欠員が出るほど過酷な部署と言う訳だ。他のメンバーも、かなり組み立てに配属されていた。塗装や検査に配属される人間は少数だ。給料は一緒だが、過酷さは次元が違う。それが自動車工場の組み立てと言う部署だ。

第5部完 いつ終わるんだ。(;゜∀゜)・∵∴ガハッ!