チャイルドケア&中国語&国際結婚ブログ -12ページ目

チャイルドケア&中国語&国際結婚ブログ

上海人のパパ(にに)と6年前に結婚。三人の子育てに奮闘中です!!毎年来日する上海家族のエピソードも含め心に残る記事を随時更新中!!



シャンあさって帰国します。

旧正月からあってないから、約二カ月。


DVDの録画画像でみたら、中国語話してた。


ににが電話すると


「パパ ハオ」 「ぱぱこんにちは。」


だって。

「パパ ニーハオ」じゃないところがネイティブっぽいってわが子に

おもってしまったよ。シラーうふふふ。


先日いった動物園写真図鑑をどうぞごらんください。



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一眼レフかっこいい!!

はあー眠くなってきました。

みなさま ワーアン。(おやすみ)


シャンやーっとかえってくる。


みんな近所の人が上海にシャンをつれていったこと、びっくりしてる。


やはりそうかな??


自分も最初は心配でしょうがなかったけど、今はシャンは中国語もずいぶんわかるように

なって中国語の歌もうたっていた。(ロティァーの撮影ビデオみた)


こどもってすごいなあ。


最初はおとなしくしてたけど、今すんごいワンピー(いたずら)らしい。

やっぱりね♪


ハハハ。


私たち家族は三人でも結構いそがしくしてた。


ロンは水泳にいきはじめた。


体中に浮きをつけてもらい、先生といっしょにおよぐのがすんごく楽しいみたい。


一年もすればかなり上達するんじゃないかな。

わたしかなづちなもので。


ネットショップは大分商品登録しました。


店長はぷーちゃんです。


たのしいネットショップにしたいなとおもいます。


またこちらにもアドレスのせます。

あそびにきてください。


では。

最近のロンを載せて・・

おやすみしよう。


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中国はただいま、旧正月真っ最中であります。



そしてなんとうちの次男坊、シャンシャンは一人でロティァー、ンナーと上海におりまして、

旧正月を楽しんでおります。


最初はすんごく心配したけど、中国の家族に大歓迎をうけたようで、初めてのお目見えの

親戚の食事会にも出席したようで、かわいがってもらったようです。


最初あった夜鳴きもなくなり、今はすごーくいいこにおとなしくいるようです。


ロンロンは寂しくて寂しくて、幼稚園拒否や夜鳴きがありました、しかし今は元気です。


そして五月にも私たち家族で中国いきます。


シャンはとりあえず、一ヶ月行っています。


今月末に帰国。。


ハヤクアイタイナー。


でもロティァーたちはすんごくしあわせそうでした。


ににと弟さんは生まれてから7歳まで親元はなれた場所で預けられていて、

ロティァー達は、子供のために毎日お仕事をはなれた場所で頑張っていたのです。


わが子に週一度しかあえない環境で。


なんて涙ぐましい。。


だから今シャンをたくさん面倒みることがすごくたのしいようです。

あのときの時間をとりもどすかのように。


ンナー、ロティァー、シャン幸せな時間をすごしてください。


あけましておめでとうございます。


今年も宜しくお願いします。


今日阪神大震災のドラマをみた。

私は、その当時まさにその場所にいた。


東灘区。


前日の日、双子の姉が「今日はなにか奇妙な感じがする。一緒の部屋でねよう」

そういった。


当時学生でお金がなかった私たち。

神戸で親が借りてくれたマンションにすんでいた。


たんすなどはおかず、ダンボールで手作りダンスをつくっていた。

これが幸いしたかもしれない。


前日の夕方は本当に奇妙で、神戸の町にいのししがおりてきた。

姉は鍋の材料をかかえて、いのししから逃げてきたが、ねぎを食いちぎられてかえってきた。


いつも別室で寝る私たちだが、その日は姉の部屋で手をつないでねた。

20歳にもなって。


なぜだかわからないけどとんでもなく不安なよるだった


そして朝方まだくらく、そのときはきた。


ウォーゴー まるで地獄からの死者がむかえにきたようなおそろしい地響きが五分ほどつづいたように

おもえたが、実際は数秒だった。


暗闇でその地響きをねぼけまなこで恐怖におびえながら、なにがなんだかわからず、姉と抱き合ってふとんに

かくれた。


そのあと、ピタッとその音がやんだ。シーン。。


そして地獄がきた。


まるで家全体が地獄のトランポリンのように。床にたたきつけられゆらされ、上からいろいろたおれてくるのが

かんじた。


すごく長く感じたが、これも一分ないものだったらしい。


そんとき、あまりにも揺れるというよりなげとばされるような、感覚で地震だときづかなかった。


揺れがとまったその瞬間それは聞こえた、暗闇の外から人々の地獄の叫びが。。



「おばあちゃまー!!ぎゃー!だれかー!!」


その時の恐怖は言葉では表現できない。


なにがおこっているのかわからない。

なにがどうしたのかわからない。

姉がとりあえず、暗闇の中玄関の鍵をあけにいった。

暗闇のリビングで姉が「痛い!!」


床には食器が全てわれ床一面危険な状態だったことは私たちは想像もできていなかった。

そして、玄関の鍵をあけとびらをあけようとしたが、開かない!!


外から声が聞こえてきた。「だからいるかー!いきてるかー!」

「はい!いきています!」


だれかが外からドアをこじ開けてくれた。


私と姉が外を初めて見渡した瞬間、神戸は地獄へと化したことを知った。


なぜかまだわからなかった。

血だらけの人、おばあちゃん。泣き叫ぶ人、取り残された人、全て崩壊した家。燃え盛るほのう。

もれるガスのシューっという地獄の秒読みのような音。


「なにがあったんですか!!」


「地震だよ。」


それから本当の地獄がはじまった。


水もなく振るえ、耐え難い空腹。生きることへの絶望。


避難所にむかった。

希望をもって。

しかし希望なんてなかった。

全てが地獄なのだ。助けられる人なんかどこにもいない。

それどころか若い私たちに助けをもとめてくるご老人たち。


お金を三千円渡され「頼む!食料をさがしてきてくれ!私たちはあるけないから」


「わかりました!」

空腹に限界の私たちはお金をもってさまよった。

コンビニ。スーパー。自動販売機。全てが無残な状態だった。


人間とは不思議なものでいつも食料が常に簡単に手に入る環境でくらしていると

そんな環境におかれてもコンビニいこう!やスーパー!がある!とおもい、

焼け野原をみて、現実をつきつけられ、そのたびにとてつもない精神的ダメージをうけるのだ。


避難所の夜はもっと地獄でやはり精神的におかしくなる人たちがなきさけぶ。


「御父さん!うちにかえったらしぬで!!」

「うるさい!ここで死ぬならわしが建てた家で死ぬわ!!」

泣きながらそう叫ぶ家族。


母親を探す声。暗闇のなかでその悲痛な叫びはだんだんひどくなった。

夜が明けても地獄。寒くてねむれず、空腹で眠れず、のどの渇きで眠れず。


避難所に嫌気が差し、外にでた。昼間なのになんでこんなそらが赤いん?

なんで灰色なん?なんで戦争やないのに。こんな戦争みたいな焼け野原なん。

自分の精神状態がおかしくなりつつあるのを感じた。

これはあかんで・あかん。おかしなりよる。

神様たすけてください。


もし助かったら、今後どんなにどんなにつらいことあってもそれは辛くはありません。

暖かい布団でねむれ、お水がのめる、ご飯がたべれる。

それがどんなに幸せなことか。

今ようわかりました。

これからはもうわがままおもいません。今までのいろんな経験してきた辛い経験は

辛いことではなく幸せなことでした。

これからもし助かるなら強くいきていきます。


赤い空みて必死に手をあわせました。


夜また避難所へ。

3日目にもなると大阪のほうから親戚たちが家族をたすけにくる人がちらほらでてきました。

「名前をよみあげて。●●おるかー!たすけにきたで!!」


その声が嫌いになるほどうらやましかった。

私たちは愛媛なので。

家族に連絡もできないでいた。

そして、日本が同じ状態だとおもっていた。

そう情報がないのでただ恐怖だけがつのっていた。


四日目。なんと偶然に高校時代の神戸に住む同級生に被災地であう。

このままここにおってもなんもたべれずに死ぬ。

もいっかい自分の家いって冷蔵庫確認しよう。

余震がこわかった。しかし空腹にたえられなかった。


冷蔵庫にくさりかけたりんごを見つけたときはなんともいえない気持ちだった。


それから近くまで電車が復旧したという情報がはいった。


歩こう!!四駅他の被災者と列を並べて希望だけを胸にあるきつづけた。


電車にのれた瞬間しんじられなかった。動いてる電車にのれた!

その反面神戸に被災している人たちが心配でもあった。


大阪についた。まるで別世界。普通に買い物し、普通にあるいている。

悲しかった。隣はまだ地獄なのに。

なんで笑えるの?なんで?

その時の貴重品なんて自分でかったラジカセくらいだった。それを重いのにリュックにいれて

大阪までくるなんて今考えたらわらっちゃう。

大阪の歩道橋でラジカセが上から下におちた。ゴロゴロドーン。笑われた。

汚い服のラジカセもった風呂も入ってない二人がものめずらしいようだった。


それからとても緊張して食堂にはいった。


姉と二人で5日ぶりの食事。

手が震えた。

水を飲むそのまえに、二人で拝むように手を合わせた。


酢豚定食が運ばれてきたとき、こころがいきかえるようだった。

姉がいった。とても小さい声で。

「ありがたく手を合わせてからいただくよ」

「わかった。」


その時間は普通のいただきますとは思えないほどの長い時間をかけた祈りだった。


むさぼるようにたべた。

米ひとつぶも残さず。きれいに。

そして「ありがとうございます」といった。


そのあと、私たちは大阪にすむ高校の友人の家にしばらく居候させていただき、

親たちとも無事連絡がつき、復興後神戸のマンションを引越し大阪へ移り、

今はそんな私が中国の人と東京で出会い二人の宝をさずかった。


私はすごく運のいいやつかもしれないとおもう。



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クリスマスも無事おわりました・・。

ケーキも食べたし、飾りつけもこーんな感じでうまくいきました♪


最近の我が家のブームは韓国のヒップホップグループ、レコ大で最優秀新人賞を

獲得したBIGBANGにはまっています。


ににも巻き添え食らってます。


ロンとシャンは毎日動画やCDを聞き、歌い踊ります。


BIGBANG最高です!!


そしてまもなく年があけます。

我が家の子供たちはもう夢の中。

大きい子供も夢の中。


どうしておこしてくれなかったのかーと翌朝怒りそうだけど。。

いびきかいてるしなー。


こうしてブログかく時間も大切に。。(笑)


皆様今年も無事幸せに過ごせました。

お世話になりました。

どうもありがとうございました。


来年も健康で元気でがんばりましょう!!


そして来年我が家に新しい家族が増えます。


おめでた!??

ではなく ワンちゃんを飼うのです。


ブルドックです。

名前はももちゃん。


ももちゃんきたら、三人目生む余裕ないかもなあ。。


なにはともあれ、来年も楽しい一年にしたいな。。


では皆様よいおとしを!!

すごーくお久しぶりの更新です。


私たち家族は今幸せの絶頂といってもいいでしょう。。(笑)


私は洋裁をし、にには好きなことしてストレス発散??!!

ロンとシャンも健康です。


本音はあと一人ほしいかなあー。

だんなさんは大変だというけど、可愛いから女の子だったらほしいみたいです。


で、洋裁について語ろうかなと思います。


洋裁は毎日いろいろ勉強していて、ミシンについても今大変興味があります。


昔の私の母のころのミシンはほとんどが日本製で、材質は鉄ででき非常におもいものでした。

しかし、一生の宝として嫁入り道具にできるほど丈夫で、縫い目もきれいで、厚い布地も

どんどん縫えるものでした。


しかし今はミシン業界も不況で回転率をあげるため、低価格で品質もそれなりの寿命も短いものを

どんどん生産しています。



ヤフオクなどを見るとむかしのよき時代の昭和時代のミシンを見ることができます。

みなシンプルがゆえに、壊れにくくいまだに使用できるものもあります。


こういうミシンを見るたびに古きよき日本、それを作り上げた職人さんのことを考えて胸があつくなります。

ミシンには家庭用、職業用(リフォーム店などが使用)、工業用(縫製工場)があります。


このなかで特に工業用には本当に昔の日本製の技術が今でも活躍しています。

むかしのようなミシンは今はないそうです。


こうして日本もどんどん変わっていくのかなと少しさみしささえ感じます。


洋裁はポケットを縫い付けること、襟を縫い付けることにすべてあたりまえですが、順番があり、

繊細で洋裁をしていると心が清められているきがします。


私のおばあちゃんも洋裁の着物をつくる仕事を内職でしていたため、小さいころよく針に糸をとおしたり、

ミシンを動かしたりしてあそんでいました。


私の母も洋裁学校をでており、小さいころの服は母の手作りでした。

家には足踏みミシンがあり、足踏みで私も遊んでいたのを覚えています。


そんな昔のむかーしのよき日本はいつかよみがえるのかな・・

洋裁の背景にいろんな思いを浮かべ、毎夜PCや洋裁本をみて、目をウルウルさせたり、

心を落ち着かせている今日この頃の私です。


だんな様にロックミシンを購入してもらったり、洋裁室の環境を整えてくれたり、

本当に感謝してます。


そしてまた私も子供やににへ洋服を縫える幸せを実感しながら年をとっていくのでしょうね。

私の母のように・・。




上海へ帰国した父母。もうまもなく会えない場所へ向かう二人。
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これはおまけ写真。

シャンはこんな感じのかなりはげしいいたずらです。
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これがその飛行機。

飛んでるほうがかっこよかった。

涙をさそうのに。。あはは。
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じーっと見つめる二人。

ロティァーたちはどこへいったの?

とロンに聞くと、ひこうき。ブーンていったの。


と応えるので理解しているらしい。


ロンはロティァーだけ可愛いない!

という。


ママ可愛い

シャンシャン可愛い。

ンナー可愛い。

パパ可愛い。

ロティァー可愛いない。


これが口癖。

かわいそ。


なんやかんやでばたばたまた、ににと二人で子育て戦争に

舞い戻り、

先日はロンの運動会。


うちから徒歩五分の幼稚園なのでかなり楽です。


ロンはダンスが大好き。

年長、年中、年少の踊りを全部おぼえておどりまくっているらしい。



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それを応援するシャン。



そしてうちのににはかなーり笑えることになった。

運動会のドリブルリレー。ドリブルしながらリレーを

つなげるとうもの。


ににのことなのでおもしろくなるとおもったけどあそこまで笑わせてくれるとは。


おもいっきりすんごい速さでドリブル全速力。ボールコントロール不能になり、

あのどでかい身体でど派手にころんだーーーーーーーーーーーーー!!


会場がワーッとざわめき笑いがおきた。


アハハ。かなり笑えた。

でもよくがんばりました!!


その後本人にインタビュー。


「とまらねえんだよ。スピード出しすぎてとまらねーんだよ。」


といいながら、子供のようにすりむけた手の傷の皮をとるににであった。


で、最近の私は、なんとロックミシンまでも購入し、洋服づくりや家のものづくりに没頭中。



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これは大分まえに作成。

中は馬のやつ。名前わすれたよ。。


・ これはににのシャツをリメイクしてロンの幼稚園シャツを作成

                            ズボンもににのものをリメイク。ロンのズボンに。

・ これも幼稚園のスモッグ。

規定のあるけど、作ったほうが個性あるし、節約になるから。

規定のかうと1600円。作ると50円。
・ 幼稚園のレッスンバックにジーンズリメイクバック。



・ ジャケット。

・ ロンのニットとににのズボンをリメイク。


以上。作品展でしたー!

おやすみなさい。

今年の夏は我が家はへちま王国と化した。

ロティァー栽培、管理担当。



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なにする??


食べるのよ!!


中国はへちまを食べるのよ。

いためたり、スープにしたりで。。


それで最近までの我が家のブームはへちま化粧水。


ロティァー特製よ。

みんなお風呂上りに顔から全身までシュッシュッ!!


これかなりいいんです。

ネットでみたら、やはり美容効果が高いらしい。


パパママは私の化粧水代が無料になるからとたーくさんの空き瓶に

へちま水を溜め込んで保存してくれた。



びっくりなのはへちまは保存料も不要で数年もつらしい。


それで一年分あるかないかのへちま水を保存してくれた。


これはかなーりありがたい。

で、ロティァーはまたそれを飲む。


身体にいいはず!!

というが、確信はない。


ににが心配してネットで飲んでいいかどうか調べてといった。


調べた。


絶対に飲まないでくださいと書いてあった。


ににの会社のPCへ送った。


仕事中にそれをみて笑ったらしい。

どうやらへちま成分が日本は認可していないらしいのです。


パパは我 好多ツー好了。

ウォー ハオドオ ツーハオラ。


おれ、かなり飲んだ。

といって引きつってた。


でもパパがいうに、へちま水を飲んでから髪の毛が黒くなってきたらしい。


そんな気もする。

そんな気もすることにする。


話題は代わりロンは私が姿を消すと不安で叫ぶ。

ママーママママー!!

ただ二階にあがっただけでも。トイレでも。


さすが二歳はめんどくさい。



んでうちの次男シャンはかなりいたずらで、ロンに負けず劣らず。




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毎日無理なことをして怪我をする。

まだよちよちなのに、走る。

毎日こける。


先々週おでこを切り血だらけ。

夜だったし、ママとパパと私は真っ青で私はパジャマのまま薬局へ。

大丈夫不在。ににいない。


病院さがしがすんごい大変。

ほんとにない。


やっと見つかり、救急車をよんだ。

いつも私がいないと叫び倒すロンが、私とパパとシャンシャンが救急車で

運ばれても、玄関先でおとなしく見送ってくれた。


ンナーとおとなしく遊んだらしい。

ロンはそういうとき大人なんだよね。


えらいよ。。


病院につくとロティアーがンナーに電話してといった。

外に出てンナーに電話。


病院ついたよ。

心配しないで、また電話する。


院内にもどるとシャンとロティァー消えてる。


ええー!!

どこおー??

めんどくさー!!


ロティアーすぐ目の前の外にいるんだからよんでくれー!!


3つ扉のどれにはいったのー??



看護師に呼ばれた。

一番前の扉です。


ロティァー。シャンをだっこして先生の診察うけてた。(-"-;A


あのー日本語できないのでしょうがー。。


「すみませんー。

こうこうこうで、階段のとこでころんで・・」

説明した。


するとロティァーも説明した。


どうやって??


あ、ロティアー用語で。


どんなん?


こんなん。



「アカチャン、  コロコロ ドーン!!

ウワー!! ウイシン(危ない)」


先生「ん??????」


なぜかロティアーも「ん???」


すみませーん。チンデェーン!!


静かに。。


ロティァー用語は中国語より分かりにくい。


私により伝わるように中国語をまぜてロティァー用語で話すんだけど、

わからなくて、ンナーが中国語で説明しなおすという、かなりさみしい

状況になっているロティァー用語。


いつの日か普及することを祈っております。


思い出話どーんと第三弾。

リーファー。散髪。


子供のリーファーはロティァーの仕事。



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ロンはもう喜んでじっと髪を切られてる。


ほら。もう先に終わってこのポーズ。


シャン??


シャンはねえ。。

アハハ。ハハ。



・ 口に飴を含み、なんとかなだめ、

かゆみを防ぐパウダーを多めに。


華を気休めに渡され、それでもチクチク痛む頭の毛。


やさしくー優しくお願いしますよーーー。




そしてンナーとロティァーがリーファーの際に必ず

口もめ。


・

ンナーがいう。

「ナンカン。かっこ悪い。日本の子供はそんな髪いない。」


ロティァーがおこる。

「おまえ、切れ!!できるか!!ほらほら」


これが我が家のリーファー戦争。


勝ち負けなし。

ロティァーがすねるだけ。



もう夏もおわったね。


んで、明日帰国すんだよね。


ロン、シャンわかってるかい??


明日から二人いないよ。


泣くなよ。


ママ大変だからね。。


空港で笑えるかな・・・。私たち。











・


ロン、イエンチン(めがね)をかけて、気取る年ごろになりました。

中国語もなんだかんだ聞き取れるようになりました。

すごいね!!

・
シャンは毎日ロティアーと散歩。

たーくさんの思い出をありがとう!!
・
近所のたんぼへ今年も食料となる

ざりがにをとりに。。


まもなく二人は帰国。

さみしいね。

なんだかんださみしいね。


忙しくて思い出をブログにつづる時間もなく

楽しくて思い出をブログにつづる時間もなく。


あとでゆーっくりつづっていこう。。