長谷寺を出て、徒歩で高徳院へ移動して鎌倉の大仏様を見に行きました。
奈良の大仏様もすごいのですが、屋外にどぉん
といらっしゃるこの鎌倉の大仏様も見るととても感動します。
実家が岡山なので、京都・奈良には数え切れないほど遊びに行っているのですが、関東以東の歴史を訪ね
歩く機会が少ない私たちには、すべてが新しいものばかり。
平安など華やかな時代が好きな母には、禅文化の質素な史跡はちょっと物足りなかったようです。
金と朱で彩られた中で、貴族が蹴鞠で暢気できらびやかに遊んでいた背景とは打って変わって、
武士が自分たちの政治を立てるために戦った時代ですからね。
私はそういう人間臭さを感じられる時代背景のほうが、興味があったりするのですが。
母曰く、鎌倉の大仏様は、男らしさ、武士らしさを備えているそうです。
高徳院を後して、再び江ノ電で鎌倉へ移動して、鶴岡八幡宮へ。
ここは、源実朝(頼朝の次男)が、暗殺されたという伝説で有名な場所ですね。
その実朝が暗殺されたのではないか、という石階段に立った母は、ちょっと興奮していました。
母親である政子に手をかけられた実朝は、自分の運命を悟っていたと言います。時代が時代であったとはいえ、家族でさえ信じられない時代とは悲しいものですね。でもこの時代があって、今の日本があるわけです。
私の母、智子曰く、「乳母制度が悪かった」そうです。でも結果、北条の執権が強化されて、
くにを守ったわけですから、時代の流れでしょう。結局、この乳母制度は天皇家においては美智子様の代まで
続くわけです。
日本の国の成り立ちを語る上で、大きな分岐点となるのは、この鎌倉時代なのではないかと、私は
知識がないながらに思っています。人が命をかけて守った政権と家の名前、そしてその裏側で繰り返し
行われた裏切りと殺戮を思うと、なんとも切ない想いにかられます。
友人の知り合いに、源氏側の子孫がいるのですが、平家が落ち延びていった地域に入ると気持ち悪くなるそうです。本当か嘘かは知りませんが。東北から西まで、かなり広範囲で平家は落ち延びて行ったはずなので、
基本的には関東の狭い所にしかいられない、ということになります。それもどうなんでしょう。。![]()
彼女が飛行機で、平家が落ち延びた区域の上空を飛ぶとどうなるんだろう?というのが、私の素朴な疑問です。

