習慣がもたらすあなたらしさの気づきブログ

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あなたにしかできない役割、それは習慣の中に隠れているかもしれません。思いついたら習慣化を試し、周囲やあなたが気づきそれを発見して社会、組織変革のエネルギーにしていきましょう。

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失敗や目の前の困難が人を不安にさせ、それに囚われることはよくあることです。

 

起きてしまった大失敗などは、そうは言ってもなかなかその囚われから抜け出すことは難しいですね。借金や失恋、身の回りにはそんな予期しない不運や出来事がついて回ります。

 

たくさん乗り越えてきた人ほど立ち向かっていけるのだと思ってしまいますが、自分で自分を奮い立たせるしかないんですが、

 

ついネガティブになってそれがまたネガティブを引き寄せてしまう、そんな悪循環にも簡単に陥ってしまいます。

 

こんな時、自身があった人でも自信も失ってしまいますが、自信を取り戻すことは簡単にできるでしょうか?

 

瞑想やアファメーションで少しづつ取り戻すこと、潜在意識の中にある自分の能力を引き出すこともやってみる必要はあると思いますが

まず自分が気づくことは最も大事ですね。

 

いろんな人の名言を見ていくと、その名言から苦難を乗り越えてきた考えが見えてきます。

 

私が最近見たのは

「人間が困難に立ち向かうとき

     恐怖を抱くのは、信頼が欠如しているからだ!

          私は私を信じる!」

 

これはモハメッド・アリの言葉です。

 

よく自分を信じなさい、と言われます。

実際に行動する自分と、心の中にそれを見ている別の自分がいるんですね。

 

その心の中の自分、それが行動する自分に働きかけるわけですが、いわば二人三脚で頑張ろう、そう言って行動しているわけですが、二人三脚の二人が例えば一方の司令が違ったとすると、一歩間に進むのも転倒したりして進まなくなりますよね。

 

それと同じで、困難に立ち向かうとこの二人三脚の二人の思い、指令されたら素直に行動するという司令者への信頼がなくなってしまうことがあります。

 

失敗というトラウマで内面の自分を信じれない状態です。 司令者である内面の自分を信頼できていないから、困難に立ち向かえない

 

そんな時にこの名言で、己がハッとするわけです。

解決を外部に求めても根本的な解決にはならないように

自分の中の二人三脚の立て直し、信頼関係の構築それが最優先です。

 

自分に自信があって行動していても躓いて失敗してしまいます。

その度に信頼関係を構築し直して、関係を強化していく、それがこの名言によって自身の気持ちを固めること、

こんなことは誰も教えてくれません。

 

まず立ち向かう相手より、その恐怖を取り除きましょう。

立ち向かって一歩前進できるよう!!

 

¡Ánimo!  

 

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誰でも何かを始める時にはキッカケがあるものです。

円安とインバウンドのおかげ以前にもましてスペイン語を話すネイティブ(スペインや中南米からの旅行者、ヒスパニックと言います)も増えてきましたから、スペイン語に触れるきっかけはたくさんあります。

 

日本ではまだマイナーな言語ですから旅行者も英語で話しかけてきますが、そんな時にこちらが簡単な挨拶(Hola!)を投げかけるだけで会話のきっかけができます。

うまく話せなくても気にしません。

 

日本人の英語への接し方が、間違ったら恥ずかしい、そんな気持ちを培ってきた習慣のためになかなか抜け出せませんが

 

ネイティブはそんなことは気にしません。コミュニケーションが主なので間違ってもOK

そんな機会に話さないのは、もったいない。

 

だってネイティブでも間違えます。

 日本人同士の会話でも間違いを気にしますか? 通じればいいんですよね。

 

そんな気楽さで、声をかけてみましょう。

いい出会いになりますよ。

 

例えば、あなたがスペインに行ってネイティブから日本語で話しかけられたら、嫌ですか?

その反対ですね。多分嬉しくなると思います。

 

これを日本に遊びにきているヒスパニックもスペイン語が通じないと思ってきた日本でスペイン語で話しかけられると、嬉しくなって急に親近感が湧いてくるものです。

スペイン語ができるできない、そんな問題ではなく話しかけられることが嬉しいんですよ。

 

実はスペイン語は英語のネイティブより多いメジャーな言語です。調べればわかります。

私が40年前ぐらいにロサンゼルスなど主要都市に行った時にはヒスパニックが必ずどの店にもいて、スペイン語を話さないと商売にならない、と言っていたものでした。

30年前にはその様子がもっとひどくなっていて、オーバーに言えばスペイン語だけでもコミュニケションができるくらいにヒスパニックがたくさんいます。

 

つまり、日本ではマイナーなスペイン語でもグローバルで見ればメジャ言語です。

昨年は久しぶりにスペインに行ってきましたが、そこそこ楽しんでこれました。

何年か前にイタリアに行ったことがありますが、どこでもというわけにはいきませんでしたがたまにスペイン語が役に立つことがありました。

ヒスパニックの旅行者に会う機会があるということや、イタリア語が似ているということもあって、スペインスペイン語ができることが想像以上に役立つことがたくさんあります。

 

スペイン語に興味を持ってみませんか?

 

前回はラテン文化を通じてスペイン語に触れる、そういう投稿でした。

今日はスペイン語の始め方、そういう内容で書き始めたのですが、完成した後投稿に何かのエラーで投稿できず、記事が吹っ飛んでしまいました。

 

なぜ保存しなかったのか、後悔したものの、後の祭り。

そこでこの記事を書きました。

 

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ラテン文化と言われても、ピンとこないものです。

日本人に親しまれているラテン文化の代表は、ラテン音楽でしょう。

サルサ、メレンゲなどラテンダンスも好まれますが、ラテン音楽のように普通に接するにはハードルを感じてしまいそうです。

ラテン音楽も古いものは多くの日本人が耳にしたことがあるものが多い。

例えば、Besame mucho(ベッサメ ムーチョ)はメキシコの古い音楽ですが、誰でも聞いたことがあるような音楽です。

 

歌詞を調べると

Bésame, bésame mucho

 

Como si fuera esta noche la última vez 

 

Bésame, bésame mucho 

 

Que tengo miedo perderte, perderte después 

 

Quiero tenerte muy cerca, mirarme en tus ojos, 

 

que estar  junto a ti

 

Piensa que tal vez mañana , Estaré muy lejos, muy lejos de aquí 

 

もしスペイン語に興味があれば、この歌詞を通じてラテン文化の一端をスペイン語で感じることができます。

聞いたことがある歌や曲からスペイン語に親しむというのは、楽しみながら覚えられる方法です。

 

この詩からいきなりスペイン語に入っていくのにハードルを感じるなら意味を知ることから入っていきます。

 

流行りのChatGPTに質問してみました。

質問 Besame muchoの歌詞の意味を日本語で教えてください

「Besame Mucho(ベサメ ムーチョ)」という曲の歌詞は、スペイン語で「たくさん私をキスして」という意味です。この曲は愛をテーマにした歌で、恋人同士が別れる時に再会を願う気持ちや、深い愛情を表現しています。

 

質問 besame muchoの一つ一つの歌詞の意味を教えてください

「Besame Mucho」の歌詞を一つ一つ解説しますね。以下に各節の意味を示します。

  1.   1. Besame, besame mucho 
  2.    o 「ベサメ、ベサメ ムーチョ」
    •  o 直訳すると「私をたくさんキスして、たくさんキスして」という意味です。
    • 2. Como si fuera esta noche la última vez
    •  o 「まるで今夜が最後の夜のように」
    •  o 別れるかもしれない最後の夜のように、一生懸命に愛を示すようにという意味です。
    • 3. Besame, besame mucho
    •  o 「ベサメ、ベサメ ムーチョ」
    • 4. Que tengo miedo perderte, perderte despues
    •  o 「あなたを失うことを恐れている、その後にあなたを失うことを」
    •  o 別れた後であなたを失うことを恐れている、という意味です。
    • 5. Quiero tenerte muy cerca, mirarme en tus ojos, verte junto a mi
    •  o 「あなたをとても近くに感じたい、あなたの目を見て、あなたを私のそばに見たい」
    •  o 相手と一緒にいて、彼/彼女の目を見ていることで満足したい、という意味です。
    • 6. Piensa que tal vez manana yo ya estare lejos, muy lejos de aquí
    •  o 「もしかしたら明日はもう私は遠く、あなたからとても遠くにいるかもしれないと思って」
    •  o 明日はもう私が遠くに行ってしまうかもしれない、という意味です。
    • 7. Besame, besame mucho
    •  o 「ベサメ、ベサメ ムーチョ」
    • 8. Como si fuera esta noche la última vez
    •  o 「まるで今夜が最後の夜のように」
    • 9. Besame, besame mucho
    •  o 「ベサメ、ベサメ ムーチョ」
    • 10. Que tengo miedo perderte, perderte despues
    •  o 「あなたを失うことを恐れている、その後にあなたを失うことを」

「Besame Mucho」は、愛する人との別れを惜しんで、再会を願う気持ちを歌った曲です。

 

以上のような回答が返ってきました。

 

なんと情熱的な歌でしょうか。

ラテン文化は、こんな情熱的な表現を普通にしているということでもあります。

日本での表現と大きく違いますよね。

 

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先日コミュニケーションを阻害するもの、それは自身の内側にあるということを書きました。

外部要因が阻害するとなれば、それは自身ではコントロールできないので自身をコントロールできることに目を向けなければ阻害から逃れることは難しくなります。

一方内側に阻害原因があるなら、自身で克服する方法を見つけることです。どんな状況であれ阻害する要因が内側にあると考える方が対処は楽になりませんか?

自身のコミュニケーションの捉え方を変えるだけでいいわけですから。

そこでこの内側の自身にある阻害要因に打ち勝つ方法は、心のあり方なんですが、自己肯定感が高ければコミュニケーションが阻害されることはないと思うのです。

改めてコミュニケーションを阻害するものとは、自分のコミュニケーションの姿勢が時によってコミュニケションを阻害してしまうことがあるということです。これはネガティブな感情になった時にはそこからコミュニケーションを円滑に進めていくという気持ちがストップしてしまいます。このことを指しているのですが、ネガティブな感情にならないことってあるのか?という疑問です。

相手に嫌なことを言われたり、発言を否定されたり、ましてや人間性まで否定されたら、もう先へは進めません。誰にでも起こりうることです。その外部の要因は排除できないので、これを放置したら次からコミュニケーションはしない、苦手だという想いに至ってしまいます。

実はそうなるかどうかは、人によって違います。

平気な人もいれば多くはめげてしまいます。

めげないためには、自己をコントロールするしかないのですが、自己肯定感が高ければめげてしまう度合いは低くなります。絶対とは言い切れませんが、少なくとも周囲に影響されることは少なくなります。

つまり何を言われようが、自分は自分、と区別して捉えることができます。

良くも悪くも自分軸があれば、影響されることは少なくなります。

さらにそこに、相手とのコミュニケーションを楽しむ考え方や意識があれば、相手を自身に引き込むことさえ可能になります。なぜなら、皆コミュニケーションを楽しみたいからです。

わざわざ嫌な気になるコミュニエーションは誰も好まないために、逆の楽しめるコミュニケーションには加わりたいはずです。

自己肯定感を高めれば、コミュニケーションを楽しむことができ、相手を引き込むことができる。

あなたという自分軸に繋がり、コミュニケーションに自信がついてくる。

人生に自信がついてくる。

このように、自己肯定感でコミュニケーションを楽しむことができるようになると、その先の人生も変わってくるでしょう。

私が経験したラテン文化でのコミュニケーションは、お互いに自己肯定感が高いということだと思うのですが、皆生き生きとコミュニケションを楽しんでいました。

ラテン文化のコミュニケーションがなぜそうなのかは、また別のブログで書きますが、そのラテン式コミュニケーションを取りれるだけで、自己肯定感も高くなっていきますが、少なくとも日本で経験するコミュニケーションとは大きく違うことが体験できます。

 

 

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コミュニケーションの楽しいところ、面白いところは、感情を伝えること

ネガティブな感情は伝えたくないし、聞きたくはない。

嬉しい、楽しい、褒めることや勇気づけることはお互いにポジティブになれることです。これこそコミュニケーションの醍醐味

これにはテクニックは入りません、むしろ邪魔です。

伝えるテクニックなどよく言われますが、考えや思考を伝えるにはテクニックが必要なことがあるでしょう。これには感情は要りませんから。

伝えるときにネガティブな感情が出たら、それはコミュニケーションを阻害する一因になります。

コミュニケーションが嫌になったり、苦手意識になるのは周りから否定されたり、ネガティブな言葉を投げかけたりするとそこから苦手意識ができたりするものです。誰でも経験がありますが、そんなことがなかったら感情が揺れ動くコミュニケーションは楽しいものがあるでしょう。単に知識の情報交換だけでもポジティブな感情が出てくれば楽しくなります。

考えてみれば、コミュニケーションを阻害する要因や楽しくする要因は外部にあるのではなく自身の内部にあると言えるのではないでしょうか?

自身のコミュニケーションの姿勢がそれを決めると考えてしまいます。

つまりどんなコミュニケーションの展開になるかは誰にもわかりませんし予測もできません。そういう状況でコミュニケーションをいつもポジティブに保って進行していくのは他ならぬ自身でしかないと思えます。いろんなやりとりの後ネガティブになるのも自身であり、自身のあり方さえポジティブであればどんなシチュエーションでもネガティブにはならないような気がします。

このことはとても重要なことで、相手があるからコミュニケーションが成立しますが自身がポジティブである限りコミュニケーションは続きます。相手がやめてしまってはどうしょうもないことですが、自身がコミュニケーションに背を向けない限り自身の姿勢で楽しいポジティブな展開は可能だと思います。

要は自分自身をコミュニケーションにおいてもコントロールできさえすれば、相手をそこに引き込むことだって可能になります。自身のペースで、と言うことになりますが、これも何度も繰り返し経験を積むことで自身のペースを掴んでいくようにしてみてください。

 

 

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