高張食塩水(主に7.2% NaCl溶液など)の投与によって生じるアシドーシスは、高クロール血症性代謝性アシドーシス(Hyperchloremic metabolic acidosis)に分類されます。
この現象は、古典的な「重炭酸緩衝系の希釈」としても説明されますが、現代の臨床酸塩基平衡理論であるStewartの「強イオンアプローチ(Strong Ion Approach)」を用いることで、最も理論的かつ明快に説明できます。
1. Stewartの強イオンアプローチによる論理的説明
Stewartの理論では、溶液の $\text{pH}$(および $[\text{H}^+]$)を決定する独立変数は以下の3つのみとされています。
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強イオン差(SID: Strong Ion Difference)
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非揮発性弱酸の総量($\text{A}_{\text{tot}}$:主にアルブミンやリン酸)
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二酸化炭素分圧($\text{P}_{\text{CO}_2}$)
高張食塩水投与により、このうち「強イオン差(SID)」の縮小が引き起こされることが、アシドーシスの直接的な原因です。
① 投与液と血漿のSIDの差
血漿中の主要な強陽イオンと強陰イオンの差をSID(正常値は約 $40 \text{ mEq/L}$)と呼びます。
$$\text{SID} = [\text{Na}^+] + [\text{K}^+] - [\text{Cl}^-]$$
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正常血漿のバランス: $[\text{Na}^+] \approx 140 \text{ mEq/L}$、$[\text{Cl}^-] \approx 100 \text{ mEq/L}$$\rightarrow$ $\text{SID} \approx 40 \text{ mEq/L}$
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7.2% 高張食塩水のバランス: $[\text{Na}^+] = 1,232 \text{ mEq/L}$、$[\text{Cl}^-] = 1,232 \text{ mEq/L}$$\rightarrow$ $\text{SID} = 0 \text{ mEq/L}$
② 溶液混合による血中SIDの縮小
$\text{SID} = 0 \text{ mEq/L}$ の高張食塩水が血管内に流入すると、血漿中の $[\text{Na}^+]$ も上昇しますが、それ以上に、もともと正常値が低かった $[\text{Cl}^-]$ が急激に上昇します(高クロール血症)。
この結果、血漿全体の強陽イオンと強陰イオンの比率が $1:1$ に近づき、血中のSIDが $40 \text{ mEq/L}$ から減少(縮小)します。
③ 電気的中性を維持するための水の解離($\text{H}^+$ の増加)
溶液内では常に電気的中性の原則(プラスとマイナスの電荷が同量になる)が成り立たなければなりません。簡略化すると以下の関係が成立します。
$$\text{SID} + [\text{H}^+] = [\text{HCO}_3^-] + [\text{A}^-] + [\text{OH}^-]$$
$\text{SID}$ が縮小(左辺のプラスの電荷が減少)すると、電気的バランスを維持するために、水分子($\text{H}_2\text{O}$)の解離平衡が右に傾きます。
$$\text{H}_2\text{O} \rightleftharpoons \text{H}^+ + \text{OH}^-$$
この結果、水素イオン($[\text{H}^+]$)が強制的に生み出され、自発的に $\text{pH}$ が低下(アシドーシスへ移行)します。これが強イオン理論におけるメカニズムです。
2. 古典的理論(重炭酸イオンの動態)による説明
従来の生化学的アプローチ(Henderson-Hasselbalchの式に基づく説明)でも、現象を以下のように裏付けることができます。
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重炭酸イオン($\text{HCO}_3^-$)の相対的希釈: 高張食塩水の注入(および浸透圧効果に伴う細胞内からの水分引き出し)により細胞外液量が拡大すると、血中の $\text{HCO}_3^-$ が希釈され、一時的に濃度が低下します。
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$\text{HCO}_3^-$ の消費・排泄: 大量に流入した $\text{Cl}^-$ と電気的バランスを取るため、細胞内外のイオン交換($\text{Cl}^-/\text{HCO}_3^-$ 交換輸送体など)を介して $\text{HCO}_3^-$ が細胞内へシフト、あるいは腎臓での再吸収が抑制され、結果として塩基余剰(BE)がマイナスに傾きます。
3. 臨床的なポイント(牛の補液療法における意義)
高張食塩水(7.2% NaCl)は、重度脱水やエンドトキシンショック時の「急速な血管内容量拡大(初期蘇生)」において極めて強力なツールですが、上記の通り医原性のアシドーシスを助長するリスクを内包しています。
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等張重曹水との併用: 対象(例:重症下痢の新生子牛など)がすでに重度の代謝性アシドーシスに陥っている場合、高張食塩水単剤の投与は病態を悪化させる恐れがあります。そのため、臨床現場では高張食塩水による迅速な循環血液量確保の後、速やかに$\text{NaHCO}_3$(重曹)を含む等張液の十分な補液を行い、低下した$\text{SID}$および$\text{HCO}_3^-$を回復させることが合理的なプロトコルとされています。
