我が家が見学したい小学校は四校。


まず最初に

知的障害のある子のための支援級があるD小を見学。↓



次はA小学校の学校公開です。

A小学校には支援級はなく、支援教室のみ。

支援教室は普通級に通う子が

コミュニケーションについて

フォローしてもらうために通級する教室だそう。

(A小学校の受付で聞いたらそう説明されました。

詳細は今度発達支援センターでも確認してみます)


だからなのか見学会・説明会はありませんが

学期ごとに学校公開があるため

そこで学校の雰囲気がわかる、と

発達支援センターの方から聞きました。


学校公開とは

授業参観を地域の人にも公開するもので

出入り自由、予約不要と聞いていたのですが

念のため事前に電話で問い合わせました。

というのも、ネットで検索しても

学校公開の日程や詳細が載っていないんです。

すると、コロナ禍を経て、

基本的に対象を在校生の保護者に絞っているそう。

ただ事情を伝えたら見学を許可してくださりました。


子どもも連れて行ってOKとのことでしたが

夫の体調がイマイチだったので夫と子どもは留守番、

私1人で見学してきました。




普通級を見るだけだから

D小の普通級と変わらないかと思いきや全然違う!


土曜日だったので保護者がたくさんいて

教室には入れず

廊下から見たのですが

その分全学年をまんべんなく見ることができました。

そんなにじっくり見る気はなかったのですが

どこのクラスも面白そうな雰囲気だったので

たっぷり見学させてもらいました。


まず一年生の道徳かな?

絵を見て、危険な要素はどれか考える課題。

(例えば公園からボールを追いかけて道に飛び出す子)

たくさん手が挙がります。

いつまでもハイ!ハイ!と言う子もいましたが笑、

先生はピシャリと叱るのではなく

「どーした?」と突っ込んでいました。



二年生の算数では

ひとクラスだけ少人数で

先生が丁寧に説明していたので

これが支援教室なのかな?!と思ったら…

帰る前に受付で質問したら、

東京都の算数は

習熟度別に教えることになっているんだそうびっくり

(単に学力順というだけではない、と言われましたが

調べてみたら習熟度別と載っていたので

その通り表記しました。

補充コース、基本コース、発展コースと分かれて

補充コースは各単元の基本的内容までがマスト、

それ以上の内容は様子を見てできればやるでOK。

発展コースは応用的内容まで取り組むようです。)


知らなかった…そうだったのか〜。



三年生は英語の時に専科の先生かな?が来ていて

(担任も一緒に参加していました)

盛り上がってるなぁと覗きに行くと、

YouTubeから英語の歌を流して

歌に合わせて体を動かしダンスしていました。

子ども達、楽しそうでしたルンルン



五年生は国語、敬語の勉強。

くだけた会話文を適切な敬語に直すという課題で

店員役、客役の二人組で会話します。

お鉛筆とお消しゴム、とふざける子もいましたが

先生はそこにツッコミはしたものの叱りはせず、

上手に言い換えた店員役を褒め、

「ここ」は「こちら」でも良いかもね、と

伝えるべきことも伝えつつ

発表しやすい良い雰囲気の教室でした。




なんか…校風?地域性?

D小の普通級と雰囲気が違いました。

授業内容にもよるので

タイミングもあるとは思うのですが

授業に活気がありました。


この学区の小学生達とは

近所の公園で会う機会があります。

色んな子がいますが

小学生ってこんなにしっかりしてるの?

そしてコミュ力が高い!と思います。

特に女の子を見ていると

自分より頭も良くコミュ力も高いよな〜と

感心してしまいます。

あの子達の利発さ、

学校の中でも発揮されているんだなぁ。




一方で、小1クラスに

うろうろと席を立ってしまう子と、

お母さんが参観に来ている状況に戸惑い

廊下に出てしまった子を見かけました。


廊下に出てしまった子は

お母さんが見える所にいたことで動揺したようで

見ないで!もしくは教室の後ろにいて!

と主張していました。

後ろはいっぱいだから入れないよ、

とお母さんが言うと

床に寝転がって抗議しています。


わかったから早く席に着いて!

と焦るお母さん。


これめちゃくちゃ気持ちわかりますアセアセ

自分の子だとこういう場面ですごく焦るアセアセ


でも第三者目線で見ていると、

なぜ今廊下に出てきたか

本人はちゃんと理由を伝えている。

その子から見えない後ろ側から見てほしいだけ。

理由があって廊下に出ただけで、

悪いことしたわけでもないし、

そんなに周りの目を気にしなくても大丈夫ですよ。

って思える。


いつもこの自分の中の矛盾に苦しんでいます。


廊下に出てしまった子は、

こういう場面でもパニックにならずに済めば

生きやすくなるだろうとは思う。

でも今それができなくても

成長すればできるようになるかもしれないし、

自分が戸惑う場面が起こりそうな時は

何かしら対策をするとか、

何らかの対処法を身につけられるかもしれない。

その時までおおらかに見守っていければ…。


落ち着いて考えればそう思えるのに、

自分の子どもと自分の問題として向き合った時に

ちゃんとしなきゃっていう

謎の焦りとプレッシャーを感じてしまう。


失敗しながら学んでいく、成長していく。

それで良いじゃんって思っているはずなのに。

最初からちゃんとできなくてもいい、

経験から学んでいければ。

それなのに、、、

なんでできないの?って思っちゃう矛盾。


そして、こういう経験は、

私が子どもの頃は支援級ではなく

普通級で行われていた。

子どもは無垢だからこそ時に残酷だし、

先生達も適切な支援について

今よりも知識がなかったことと思う。

二次障害が出てしまう子もいたかと思う。

その時代が100%良かったとは

言えないかもしれない。

けど、自然とインクルーシブ教育になってた。


色んな人がいるのが社会なので、

本来クラスにも色んな子がいていいはず。

分断しない道はないのか…

でも今、支援級という環境を用意して

きめ細やかに対応していることの

良い点ももちろんある。

あるからそうなってるのも、わかる。




…まだ考えがまとまらないです。

私が分断しないことにこだわろうとするのは、

今の自分は

いろんな人と関わってきたからこそある、

って思えるからです。


子ども時代引っ越しが多く、

海外生活もしたし、

クラスや部活にダウン症、高機能自閉症、

理解できる言葉を話せない子、などが

いた時期もあった。


子ども時代に好むと好まざると

色んな人と関わる環境があれば、

自然と「色んな人がいるんだな」って

肌感覚で理解できるんです。

頭で理解するのではなく。


そうすると、

「こうじゃなきゃいけない」に縛られず

「色んな人がいていいじゃん!」って思えて

自分も気持ちが楽になれる。


…で、そう思ってるのに、

なぜ自分の子にはおおらかになれないのか?

っていうところが悩みなわけですがw

何でなのよ〜ホントに爆笑




心の声を思うままに綴りすぎて

自分のためのメモでしかなく

まとまらない記録で申し訳ありません驚き


でもこのブログは

誰かの役に立てば…なんていう大それた物ではなく

自分のための記録として書いているため

人様の参考にはならない駄文ですが

お許しください〜お願い