ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.] -103ページ目

ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.]

ここは音楽のBlogでした。実際には節操無く何でも有りましたが、アメブロと相性が悪いようなので、他に書く事にしました。出来ればそちらを、よろしくお願いします。


芸術家は先端に立つから芸術家でいられる。
自らを光として燃やし、
恐怖に打ち勝つ事が出来る人だけが
芸術家でいられるのだ。

芸術家は先端を歩くから芸術家でいられる。
その恐怖に打ち勝つ勇気が無い者は、
群衆の中で小手先で生きている者には、
芸術家の後姿しか見る事が出来ない。
Song For A Friend [ Bird with a broken wing suite ] / Jon Mark

Jon Mark - Guitar, Vocals
Ron Carter ; Bass / Victor Feldman ; Percussion
Andy Narell - Drums, Guitar (Steel) / Salli Terri ; Vocals
Hal Blaine ; Drums / Tommy Eyre ; Keyboards
Patrick Gleeson ; Synthesizer / Larry Knechtel ; Bass
Gayle LaVant ; Harp / Donald Reinberg ; Trumpet etc…

Recorded and produced by Roy Halee and Jon Mark
Written and composed by Jon Mark in the fall of 1974


Mark=Almmondの片割れJon Markの
1975年発表のソロ・アルバムSong For A Friendです。
『友人のための歌 -翼の折れた鳥 組曲-』
日本語でタイトルを付ければ、こんな風になるのでしょうか。
そう言えばMark=Almmondは、
プログレ界のAORとも呼ばれています(笑)。

不思議な雰囲気を持った、
極めて私的で内向的なアルバムです。
Mark=Almmondの『静』の部分を特化したような、
フォークのエッセンスに
ジャズやロックのフレバーを少しだけふりかけて、
摩訶不思議な世界を作り出しています。

色々な国をフラフラと旅をした
放浪癖の有る彼らしいアルバムだと思います。
特定の国や地方の雰囲気も持たず、
決して民俗音楽的な香りを感じさせない音楽は、
彼がそれらの表皮だけを受け入れずに
自分なりに消化した結果でしょう。

歌詞をストレートに受け取れば、
このアルバムは人生を旅にたとえ、
何度も何度も挫折しながら歩んでいく、
ごくごく一般的な人々の描写のように感じます。
音楽的にも歌詞的にも人生と言う旅がテーマなのでしょう。
『Life』と言う単語が何度も見受けられますし
距離や時間の移動を意味する語句が多く使われています。

爽やかに心地良い程度の湿り気を持ち、
何処か心を落ち着かせてくれます。
ただ彼が昔から持っている
何処か落ち着かない不安感が
こちらに伝わってくるために
何かしら寂しくも感じてしまいます。

彼の作り出す音楽は、いつも
何処かしら旅人の心の揺らぎを感じさせます。
彼の旅は心の渇きを癒し
安住出来る場所を探す旅だったのでしょう。
何処へ行っても心が癒されない限り
彼の旅は決して終わったりしないのでしょう。

私は時々、意味も無く不安になり
夜中に一人でドライブをする事が有ります。
別に何がどうと言う訳ではないのに
不安感で心が押しつぶされそうになるのです。
居ても立っても居られなくなり
行き先も決めず夜中に走るのです。

もしかしたら私の心は
ここを安住の地と感じていないのかもしれません。
ここを安住の地だと感じるのには、
もう少し時間が必要なのかもしれません。
これまた難しい定義だ。
一言で言えばRock’n Roll以外の音楽を影響を受け、
欧州的感覚での表現方法を使ったRockと言う事になるのかな。
Peogressive Rockと言う言葉が生まれる以前から
そう言う音楽は存在していたから
これもメディアが生み出した言葉だろうと思う。

もろフォークからジャズやブルースの様なものから
シンセにキーボードが付いていなかった時から使ってる人や
クラシックの技法を取り入れたものまで様々のものが、
Peogressive Rockと呼ばれている。

今じゃ全然先進的でも革新的でも無いから
一つのジャンルを表す雰囲気の言葉として残っていると思う。
テクノもフュージョンも環境音楽もトランスもノイズも
Peogressive Rockと呼ばれる人達の行為から影響され
分化されていったと言っても良いと思う。

まぁ何の事は無い。
面白いものは面白いのだ。
Places And Spaces / Donald Byrd

Donald Byrd (flh, tp, vo)
Raymond Brown (tp) George Bohanon (tb) Tyree Glenn Jr. (ts)
Larry Mizell (p, arr, back-vo) Skip Scarborough (el-p)
Fonce Mizell (clav, tp, back-vo) Craig McMullen, John Rowin (g)
Chuck Rainey (el-b) Harvey Mason (d) King Errisson (cga)
Mayuto Correa (cga, per) James Carter (whistler)
Kay Haith (back-vo)
String arranged and conducted by Wade Marcus.

Recorded on August 18,20 and 25, 1975
at the Sound Factory, Los Angeles, CA.



Donald Byrdに対しての私の気持ちは微妙だな(笑)。
好きなアルバムも有れば「ん?」と考えてしまうのも有る。
わかっているけど・・・と言葉が切れてしまう事が有る。
Places And Spacesなんて最たるものだ。
いまだに好きだとは言い難いタイプのアルバムだ。

JAZZを隔離せずに他のブラック・ミュージックと
もう一度融合させようと言う試みの集大成とも言える
このアルバムは、全体像を顕著に表したChangeで始まる。
頭カチカチのJAZZファンからは好意的に見られなかったが、
特別なくらいヒットしたアルバムだと言う事は現実だ。

JAZZのスタイルが止まってしまわないようにした
エポックメイキング的な立場も持ち合わせているとは思う。
しかし発表された頃は、そう受け取れなかった。
別にJAZZの人がここまでやらなくてもと言うのが、
正直な私の感想だった。

私はどんな音楽も大体延べて聴くし
この頃の彼の一連のアルバムの方向性もわかる。
しかしハッキリと好き嫌いで言うと、
こうなる一歩手前で止めて欲しかった。
前作や前々作くらいの距離が欲しかったのだ。

きっと彼らは、ずっと先が見えていたんだろう。
音楽的なレベルと購買力を正比例させる事は難しい。
その中で、このアルバムが大ヒットしたのにも関わらず、
JAZZの世界では20年以上が経った今でも異端児だ。
ジャンルを越えた部分では当たり前なアルバムなのに。

別の分野で活躍するジャズ・ミュージシャンが、
これほど多い時代でありながら
世界のJAZZファンの感覚は、
いまだに彼に追いついていないのだろうか。
彼の演奏はあくまでもJAZZなのに。

これらの疑問が他人事では無いのは、
全てが自分自身への言葉だからだ。
このアルバムを今でも馴染みきれない私は、
合いも変わらず古いままの人間だと言う事になる。
まっいいかっ(笑)。
読者が増えている。でも、どうなんだろうね。
どうも二度と来てくれそうも無い人が若干名いるのだ。
そう言うゲームに付き合うつもりが無いから
無視する事に決めては居るけど、
あまり気分の良いものではないな。

折角書いているのだから勿論読んで欲しいし
感想などを書き込まれると素直に嬉しい。
だから逆に二度と来ないのに
来るような振りをされると悲しくなる。
素直に読者を増やすゲーム中と
書いてくれた人の方が気楽なくらいだな。


JAZZに興味が有る人も
JAZZを知らずに聴いている人もわりあい多い。
古いものは研究され整理されているから
他の音楽よりもわかりやすいのが現実なのに
JAZZを難しいものにしようとするファンがいる。
JAZZなんて大衆音楽の1ジャンルでしかない。
他のジャンルの音楽と同様に
好きなように楽しめればそれで良いと思っている。