桜が咲く頃になると。[2] | ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.]

ここから見に来て。[旧Quem tudo quer, tudo perde.]

ここは音楽のBlogでした。実際には節操無く何でも有りましたが、アメブロと相性が悪いようなので、他に書く事にしました。出来ればそちらを、よろしくお願いします。

                             Sakura.-01

 チャイムも押さず無言でドアを開けたボクに彼女は「お帰り」と、まるでわかっていたような顔で言った。右頬にポツンとニキビがみえた。これはニキビか吹き出物かなんて言う他愛も無い言い合いをしなくなって、どれくらい経つんだろう。綺麗な首だねって言ってから束ねだした髪の毛は今日も薄いピンクのリボンで結んでいる。でもその目は、ボクの体を突き抜けてずっと遠くを見ているようにみえた。ボクは彼女の顔から視線をそらしてしまった。
 びしょびしょに濡れたボクに「お風呂は入れる様になっているから」と言うと彼女はたんすの中からボクの青いバスタオルを出しだした。その向こうでギルバート・オサリバンが流れている。ボクのレコードだ。最近聴いてなかったな、そう思いながら肌に張り付いたシャツとズボンを引き剥がすように脱ぐと、いつもと同じ湯加減の湯船につかった。
 タオルで髪の毛をゴシゴシとこすりながら出てくるとそれにあわせたように彼女はテーブルにコーヒーを置いた。飲まなくたってわかっている。ボクの好みの味がする、ボクの好みの濃さをしたコーヒーだ。左手で持ち上げその味を確認した。そう言えばコーヒーカップの握りに右手用と左手用が有るかって喧嘩した事もあったな。レコードがB面の最後に近づいていた。


 「スティーブ・フォーバート、録音してくれた?」が、アパートに戻ってからのボクの初めての言葉だった。「あっ、ごめん。まだだった。」彼女はターン・テーブルに乗っていたレコードをジャケットにしまうと、スティーブ・フォーバートのJackrabbit Slimの輸入盤をターン・テーブルに乗せてカセット・テープをセットした。ウォーク・マン用に何度も頼んでいるから買い置きのテープが何本かおいてある。いつもは「何色のケースにする?」って聞くのに今日は聞かなかった。ボクはコーヒーを持ってミニ・コンポの前に座るとジャケットに手をのばした。彼女は立ち上がるとキッチンの方に歩いていった。背中の向こうで洗い物をする音が聞こえる。そんなに洗うものなんてないのに…。
 あっ、まただ。訳のわからない不安とイライラが自分の中に広がっていくのがわかる。それを抑え付けるようにして、ボクはスティーブ・フォーバートの歌に耳をかたむけていた。彼女はA面が終わりそうになると戻ってきて、B面にすると今度は洗濯機の方に行った。彼女の背中を見ながら「外は雨なんだから」って聞こえないくらい小さな声で言った。そしてボクはもう一度ジャケットに目を落とし今まで気が付かなかった事が書いてないか必死で探そうとした。ボクは、ボクの中で少しずつ大きくなっていく訳のわからない不安とイライラを必死で抑えようと努力した。 

  ギルバート・オサリバン タイトル: バック・トゥ・フロント

 Steve Forbert     タイトル: Jackrabbit Slim