若い頃、私には4人の文学アイドルがいた。
単体ではジェーン・オースティン
ユニット(?)ではブロンテ三姉妹
因みに男性ではトマス・ハーディが好きだった。
私には何故かイギリスが懐かしい……私の前世はイギリス人だったのだ……たぶん
もし海外旅行をするのなら、最初はイギリスと決めていた。
ある冬の日、造材現場(木材を伐り出す作業)に向かうべく、夜明け前の雪道に車を走らせていた。25日だった。
今日、誰かの誕生日だったよな~としばらく考えて、気がついた───
キリストの誕生日だった
林業は季節労働、クリスマスとかゴールデンウイークとか、無くっても仕方がない
でも、オフシーズンなら、休んでも罰は当たんないよね
と、いうことで、翌年3月、イギリスを一週間旅行した。
1989年のことである。
目指したのはイングランド北部、ハワース
───ブロンテ姉妹のふるさとだ。
当時、ブロンテ姉妹の作品といっても、邦訳は『ジェーン・エア』と『嵐が丘』しか無かった。
学生の頃、書店や図書館でいろいろ調べたけれど、見つからなかった───
末っ子アンの代表作『アグネス・グレイ』
これを読まなきゃ、ブロンテ・ファンて言えないだろー
ブロンテ姉妹は日本でも人気なのに、何故アンの作品がないんだろ?
古い時代に一度邦訳されたことはあるらしい
古本屋を軒並み当たって、あ"~
……というところで話を飛ばして
ブロンテのふるさと、ハワース。
そこの『ブロンテ記念館』で原書を買った

でも……読めん

これ、1ページ読むのに50回くらい辞書引かなきゃならないよ
因みに、この記念館、小振りで雰囲気が良かった。
荒野(ムース)散策に時間を掛け過ぎて、入ったのは閉館間際。
いわゆる「ブロンテ・グッズ」を買いまくった。
ゆかりの品も展示されていて、シャーロットのドレスが飾ってあった。
シャーロットは特に小柄で、夫と寄り添うと腕にぶら下がっているようだった、とか……
ホントに小さいドレスだった。
ロンドンに戻り、語学留学中だった先輩の妹さんに会い、この話をすると、彼女曰わく
「ブロンテも災難ねえ……」
それは私も思っていた。
ブロンテ姉妹にはその手の自己顕示欲はない。
特にエミリーは『嵐が丘』の出版すら渋ったくらいだから、記念館で晒されるなど、さぞかし嫌がるだろうな、と思う。
でも、仕方がないのである。
百数十年後、極東の若者までが、その名を慕ってハワースを訪れる。
記念館は彼女たちの為にあるのではない。ファンの為にあるのだ。
エミリーごめん、
私はやっぱりここに来たかった。
さて、
それから25年後の夏、暑さしのぎに逃げ込んだ県立図書館。
退屈まぎれに検索してたら……
あれ? あったよ!
いつの間にか、こんなのが出版されてたんだ~
ブロンテ全集

ついに、アンの『アグネス・グレイ』を入手した。
アンはどんな娘だったのか?
読んでみて、思った───
シャーロットの大ロマン
エミリーの激しい情熱
それに比べて、アンの小説は温和しい。
むしろジェーン・オースティンに似ている。
世俗的な小さな出来事を題材に、たっぷりと言葉を使い、自分の思索を書き込んでいる。
奇跡も激情もない、でも、正直である。
彼女が許せないのは傲慢な人たち──社会的地位に胡座をかいて、他人を見下す人たち──
そんな時、創作として、よく見かけるのは、作者が神になった如くに、嫌いなキャラを不幸に陥れるストーリー展開
でも、アンの品性は清々しい。
嫌いなキャラをいたぶったりしない。
その状況下で、自己を曲げない真面目なヒロインが描かれている。
一人の人間が持ちうる世界観など知れている。
所詮、独り善がりであり、実際、こんな生真面目な人間がいれば、うざがる人もいるだろう。
でも、私は「この娘、いいコだなぁ」と思う
───今の私の年齢で言えば、この時のアンは娘の歳である。
因みに、シャーロットの作品もそうだが、ヒロインは美人ではない。
『ジェーン・エア』では、気を失っているヒロインを覗き込み
「この人の顔には、美しい要素がひとつもないね」
というセリフがある。
随分な劣等感だなぁ
美しさのない若い女性なんていないよ
さて、私のハワース散策。折しも雨
牧師館をスタートして

観光地の例にもれず、何にでもブロンテの名を付けている
↓ブロンテの小径

↓ブロンテの滝。平たい石はブロンテのベンチ

↓ヒツジがいっぱい。でも「ブロンテの羊」とは……言わない

↓目的地、『嵐が丘』のモデルとされるトップウィズンズ

小雨の中、どれ程の時間、うろついただろう。
寒かった。芯から凍えた。
人里に下りてきて、まだ客のいないレストランに入れてもらい、一杯の紅茶とストーブで暖を取った。
この荒涼とした気候、そりゃ長生きしないよ、と思った。
エミリーは29才、アンは30才で死んでいる。
ヒース(潅木しか生えない荒れ地)を横切る、この散策路、エミリーがこよなく愛したらしい。
映画『ブロンテ姉妹』では、エミリー役が希代の美女イザベル・アジャーニ。
小雨の中、ズボン姿でヒースの丘を黙々と歩く情景が印象的だった。
今、『アグネス・グレイ』を読んで、私はこんなイメージを抱いている。
姉妹の中で一番背の高いエミリーが、あごをツンと上げて小径を往く。
一回り小柄なアンが、エミリーの腕を取り、ぴったりと寄り添っている。
その淋しく凛とした後ろ姿が、ワザリングハイツ(嵐が丘)の彼方に消えていく───
このコたち、やはり私のアイドル(偶像)である。
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