空はどこから/猫の長靴 -63ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

DORiveが結成された時、私はどんなに嬉しかっただろう!

そこに行けば、さっちゃんに会える!

そして、いそいそと出かけていったお披露目ライブ

そこに――れなしがいた!



私にはDORiveが可愛くてたまらない

DORiveが7ヶ月走って先の見えないトンネルに入った時、私は焦った
早く姿を見せておくれ!
渇望ブログを連発した。


そして
ユルリラポ時代が始まる
さっちゃん・れなし、二人とも入っていてホッとした

私にとって、ユルリラポはDORiveの拡大ユニットなのだ。


5月12日
ユルリラポの後に急遽DORiveライブ
私はユルリラポ2部の前に、DORiveTシャツとDORiveタオルを身に付けた
――もう戦闘服に着替えたよw

この日のコスチュームは3人→2人ユニットになって初お披露目の時の衣装
裾を切り詰めたTシャツ。
以前より長めでおへそを出さないのが愛らしい。
肌の露出が多いほど色っぽい、なんてのは女性の大いなる勘違いなんだよw


セトリは いきなりスピードクイーンで吹かしてきた。
そして、しっとりDrive away

3曲目にEscape――この曲、お披露目されたのが一番遅い。それだけに 旧D-Rive色が薄く、新生DORiveの振り付けとしてアレンジがこなれている。

ゼロになって Escape!♪

振りコピしながら、頭のゲージがゼロになっていくのが分かる。
雑念が空っぽになって、満ちているのは眼の前の光景、DORiveだけ

締めは定番、ギアスパーク
会場中が右腕を振り上げる――


ユルリラポ2部が押したせいもあって、MCはほとんど入れず、4曲走り切った。
私はもう、喉もカラカラw

特典会で
「DORiveとユルリラポで2マンライブやりたいよねっ!」
もう、何を言っているのか分からない(汗)


そして、特典会の最後、一旦ステージ脇に捌けた さっちゃんが、ピョコンと出てきて突然の告知――

「5月10日のユルリラポ定期公演の後も、DORiveやりま~す!」

私の隣に立っていたMさんが顔をくしゃくしゃにする――早くに分かっていればスケジュールを優先できる~



DORiveは結成が昨年6月
私は密度の濃いDORive体験を味わった

トンネルに入ることもあるさ
でも、たま~にでもいいから、こうして地上に現れておくれよ、ね!


振りコピはスピードクイーンから

考えるほど深みにはまる~♪


この時、私の頭は何にも考えていない
ただDORiveのこと、さち・れなのことだけ――
プラチナム本社B1のユルリラポ・ミニライブ
今後は月二回、第2・第4日曜日の定期公演となる(もっとも、今月はいきなり名古屋遠征とぶつかったけど)

今、ユルリラポは 「緩く」ない
次々と打ち出すライブや企画
DORiveの始動時以上に走っている。

5月5日、結成からニヶ月強で、無銭とはいえワンマンライブ
持ち歌も既に5曲レコーディングを済ませている。

ここぞと頑張ってほしいような、焦ってほしくないような……

きっと今のユルリラポって、白鳥の泳ぎのようなもの
水面では美しく優雅に泳いでいるが、水面下では水掻きを一所懸命ばたつかせている。

ファーストワンマンの会場、初台DOORSは小ぶりなハコとはいえ、やっぱり100人くらいの集客は欲しい。
問題は、知名度――

「どうすればお客さんを集められるのかな?」れなしが言う。
かつて(今も)prediaが集客に苦しんだことを連想する
こんな素晴らしいユニットが何故?とファンとして歯痒かった
ファイミルが千人いればいいのに、と思った。

私はこんなことを考える
ファミリーユニットとして、子供をターゲットにしてはどうか――
子供には6つのポケットがあると言われる。両親と、双方の祖父母
子供がファンになれば、お父さんはかつての恋人を見るように、お母さんは自分の叶わなかった夢を追うように、おじいちゃん・おばあちゃんは可愛い娘を見るように、ユルリラポを応援する。

集金力であればコアなファンが大切だ。でも、彼女たちの夢は「より多くの人に愛されるタレントになること」のはず
だから、ファミリーユニット――
とは言え、私には具体策は思いつかない



さて
4月12日、待ちに待ったユルリラポ・ミニライブ
私は6日、9日と立て続けに行けなかったので、否応なくテンションは上がる。

この日は新曲発表+新しいカバー曲
新曲は『きっと夢は叶うから』
CheerUp Song(人を励ます歌)――ユニットに一つは必要だね
ピョンピョンと斜めに移動するフォーメーションが可愛くて面白い。
これから楽しみな曲だなあw


カバー曲はDRAGON BOLLの『ロマンテックあげるよ』
懐かしいね。私は子供ではなかったけど、まだ独身、このアニメは時々観ていた。
今はアニメは見ていないけど、この頃のアニメって、エンディング曲が良かった。
「GU-GUガンモ」とか、「ツヨシしっかりしなさい」とか、「ザブングル」も良かったよ。
この曲では、アニメ大好き まりにゃんが終始センター。もうニッコニコ!
ニコちゃん大王、もとい、ブルマより可愛かったよw


そして
癒やされる公演名の募集。
まりにゃんがMCで あさみん、みゆちゃん、れなしがー作ずつ選んでプレゼン。
会場の反応で「民主的に」決める。
第ー部は票が割れた。
どうするのかな~と思ってたら、まさかの会長一任。独裁者サチコの独断で決まっちゃった。どこが民主的だよ!(笑)

でも、決定してアナウンスとして流れると、意外と(?)納まりがいい

【癒しはじめました in ゆるりらスポット】


2部も あさみん、みゆちゃん、れなしがー作ずつプレゼンテーション
1部でニュアンスが分かったから、今度はすんなりと「民主的に」決まった

【来なきゃ癒されないよ!☆ユルリラポヒーリングタイム☆】


もし、票が割れてたら……独裁者サチコによって、これに決められていた

「ゆるりら戦隊ユルレンジャーJ

ポージングは殺陣師、ファイミル
真ん中の人はこんなカッコ、とリクエストしたら……
さっちゃんホントにやってくれてる(笑)

なお、これを投稿したのはTPさん。
ライブ後、ギャグに走りすぎたねぇ、とふたりで話したのであった。

因みに、私が投稿した落選ネタは
「愛嬌ー家~ゆるりら番外地」

そりゃ~ムリだよ、と笑われた…………
(泣)



おまけ
第一部の公演名「癒やしはじめました」の作者――いつも挨拶してるのに、まだ名前知らない(汗)――から賞品の色紙を撮らせて貰った。

↑やのめちゃんのサイン、いつの間にか にゃろめ になってる(笑)
私が初めてピーナツブックス――つまり SNOOPY : スヌーピー のマンガに出会ったのは、小学4年生の頃。

ハロウィンもイースターも子供たちの日常生活も、アメリカの風俗の多くをこのマンガから教わった――

そして、もう一つ、このマンガから教わったもの、それは
――日本語の巧みな使い方

数十年に亘り、このマンガを翻訳したのは
あの、詩人・谷川俊太郎さん!

その翻訳の巧みさで最も記憶に残っているシーン――
小説家気取りのスヌーピーが犬小屋の上でタイプライターを打っている。
第一次世界大戦の撃墜王をはじめとする、スヌーピーお得意の、成り切りゴッコの一編だ。
書いているのは、男女がケンカして別れる話。女が言う

「要するに、彼の『多緯度』が気に入らなかったのよ!」

態度でも大度でもタ・イ・ド!でもない
――多 緯 度――
固い漢字3文字を当てることで、彼女の納まりのつかない憤りが表現されている。

当時、私は小学校高学年
言葉って、こんな使い方が出来るんだ、と思った。

詩作とは言葉を錬り、言葉と格闘するもの
……だとすれば、これは私が初めて知った「詩」なのかも知れない。

谷川俊太郎さんは現代日本で最も有名な詩人の一人。
日本人なら、誰でも国語の教科書で出会っている。
私も習った。多分、中三だと思う。

生きているということ
今 生きているということ
木洩れ日が眩しいということ

同級生(確かサッカー部のヤツ)は身振り手振りで「木洩れ日が眩しいということ」と戯けてみせた。
それは、不謹慎なこと――とも思わない。
言葉が身体に残り、口をついて出る、多分、どちらかといえば良いことだ。


5月10日
「谷川俊太郎+谷川賢作  畳の国の人だもの 2015櫻」に行ってきた。

賢作さんは作曲家にして俊太郎氏の息子さん
これは俊太郎さんの詩の朗読と、賢作さんのピアノ演奏のコラボイベントである。

俊太郎さんは、今83才――
正直に言う。生きてる内に見ておきたかった。
あの「谷川俊太郎」を!



会場は一面の畳敷き、ステージの後ろにも丸椅子が並び、ここにも観客が座る。

俊太郎さんが詩を朗読し、そこから着想を得て賢作さんがピアノをつま弾く、合間に入る親子漫談(笑)



もちろん楽しかった。
でも窮屈な畳の上、身体が強ばってゴリゴリになった。
本来は思い思いに寝そべったりして、寛いで楽しむべきもの。
先生の有難い芸術を拝聴するもの――とは俊太郎さん自身が望んでいないだろう。

でも、観客の俊太郎さんを見る眼は皆、好々爺を見る優しい眼だった
そして、質問コーナーを通じて、誰も「先生」と呼ばない
俊太郎さんを囲む会――心地よかった

私も質問した
「40年以上も前から、スヌーピーのマンガで谷川さんを知っていました。このマンガの思い出を聞かせてください」
俊太郎さんは、力強く答えてくれた。
「思い出、一杯あります!」
そして作者、チャールズ・M・シュルツについて語り出した。
「初めてシュルツ氏にお会いした時、最初に聞かれたことは『あなたは原爆投下の時、どこにいましたか?』ということでした――」

私の頭の中で、少年期に豊かな記憶を紡いでくれた二人の人物が交差した――
シュルツを語る俊太郎
有難う、としか、言葉がない



会場には、俊太郎さんの書いた詩が飾られていた。
その1枚は、最後に観客の一人にプレゼントされた。

お借りして、パチリ
持っているのは当たった人ではない、我が家のルーシーである(分かる人には分かるw)


はなののののはな
はなのななあに

丸くてやわらかな日本の言葉
言葉の魔法使い

たまんないね!


〈文中、敬語が足りなかったかも知れません。これは好々爺たる俊太郎さんへの親愛を込めた文章、ということで、どうかご容赦を――〉